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全裸中年の森(FOREST OF EQUILIBRILUM)

 平均気温がここ100年でいちばん高いそうだが建築現場での作業はいつもと変わりなく続き、先日も詰所の扉を開けたら下半身が全裸のおじさんがお出迎え。夏の風物詩!「7階のコンクリ明日?」下半身裸で普通の質問をしないでほしい。そしておじさんの上半身のTシャツにはU.S. ARMYと書いてある。アメリカ陸軍のみなさんすみません!おじさんは太陽が眩しかっただけなのです。(そして下半身が全裸なことにより世界の優しい無関心に対して心を開いている──これはカミュ「異邦人」の主人公、ムルソーと同じ心境だ)

さて全裸いそげ。おじさんは早くパンツを履こう!真っ白な下半身が俺の目に焼き付く前に(倒置法)。作業員の下半身は総じて白い。これは大手ゼネコン系建築現場ではどこでも長袖長ズボンの着用が義務付けられているためだ。

そしてわたしも白い下半身を衆目に晒したことがある───。

2003年

「しびれとめまいどっちがいい?」
朝、詰所に入るなり、親方のK氏に唐突に訊かれた。おはようのあいさつもなく、いきなり今日のわたしに対する酷使プランについて訊かれたと思い、
「しびれでお願いします。」と答えた。
後で気づいたのだがK氏は当時2枚同時発売されたばかりのCD「ゆらゆら帝国のしびれ」と「ゆらゆら帝国のめまい」どちらのほうがいいかわたしに訊ねただけだった。

個人的には「しびれ」「めまい」共にロックというか音楽の奇跡を体験させてくれる超傑作です。


季節は春。現場はゴールデンウィークに合わせてオープン予定の大きいプールとトレーニングジムとフードコート、掘ったら出てきた天然の温泉が目玉のスーパー銭湯だ。もう各種検査を終え明日はお施主(オーナー)さんの関係者を招いてのプレオープン。わたしはK氏に引き抜かれ所属していた会社を唐突にバックレた状態で、カネに目が眩み不義理を働いてしまった故、K氏が社長を務める新しい所属会社では超真面目なふりをして働いていた。

午後。クリーニング作業をしているとK氏にプールサイドに呼び出された。行くとK氏が腕まくりをして待っている。まるで体育教師のようだ。その回りには所長、副所長、工事長、担当監督が揃っている。
K「あー泳げる?」この人は全てが唐突だ。
「はい?」と答えると
「あー水中にタイルの破片が落ちてるから取ってきて。」と言われた。
監督に聞くところによると、何日か前にタイル屋さんがダメを貼り替える際、注意はしていたものの、ハツったタイルがプールの中に微量ではあるが落ちていた事がたった今発覚した。掃除するにはプールの水を抜くのが一番だが、水を全部抜いて掃除してまた水を入れると24時間以上かかり、プレオープンに間に合わない。故に水中にあるタイルの破片を全て拾う必要があるという話だ。
タイルの破片が万が一お施主様やお客様の眼に入ったら大変なことになる。突然降って湧いた重大局面に現場の所長以下全工事係が男女問わず固唾を飲んで見守る…!
「わかりました。服はどうします?海パンとか」
「あーコンビニで買って来た。」
K氏はセブンイレブンの袋をわたしに手渡した。中にはふつうのパンツ(白)が入っていた。せめて黒だろう。
だがわたしは物陰で作業服を全て脱ぎ、ふつうのパンツを履き、腰洗い槽に入って10数えてから出た。真面目なふり。世界初、所長公認パンツ作業員の誕生だ。
「足元ヨシ!」
ひと声かけてから(現地KY活動)、わたしはプールに飛びこんだ。温泉の水を利用しているので水温は温かく、まだ春なのに快適に泳げる。タイルの破片があった。大きさ1mm~10mmほどの細かい破片が無数に沈んでいる。手にしようと近づくと、タイルが泳ぎの水流で逃げていく。だめだ。息が続かない。しびれとめまい。恋がしたい。水中、それは苦しい!ザバー。

勢いよく水面から飛び出したら水を吸って重くなったふつうのパンツが勢いよくスポンと脱げて水面に浮かんだ。


全裸のわたしは「無理っす。」と言った。
K氏は「ちりとり要る?」と言った。

おわり

(結局近所の釣具屋さんから目の細かい網を買ってきて事無きを得ました)





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