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三女が熱を出した話

先日より不調だった三女が熱を出しました。学校が始まってしばらく経ち長い休みを補うために授業の時間も多くなり、疲れが溜まっていたのでしょうね。最近頻繁に頭痛と喉の痛みを訴えていました。それなら早く寝ればいいものを動画が面白くてなかなか寝ない。体も疲れるわけです。

夜に熱を測ると38度2分。もう明日の休みは決定です。このご時世、病気に対してはどうしても慎重になってしまいます。

娘を寝かして家事と入浴を終え、布団に入ったのは12時半でした。ようやくウトウトしだした1時頃、突然火災報知器が鳴り出しました。その音で主人も目覚め、ベランダに出てみるとどうやら近隣のアパートで鳴っている模様。出火の様子などは見られません。数分経っても一向に鳴り止まず、目は冴える一方です。他の住民たちも気づいたらしく、アパートの前はちょっとした騒ぎになっていました。そこでしびれを切らした主人が警察に電話をしていました。

慌ただしい気配で三女も起きてしまいました。水分補給をして熱を測ると37度7分。うーん…。すると三女が「ママはもう、このまま起きる?」と。おいおい、1時だぜ。まだ寝てもいないよ💧

しばらくすると警察が到着して間もなく音は止みました。再び三女を寝かして布団へ。…あ〜眠れない。警報機もまた鳴っている。何か作業しているのか人の話し声や気配も感じる…。

眠りについたのは2時頃だったと思います。

朝はいつも5時に目覚ましで起きています。でも今朝は熱でよく寝られなかった三女に早くから起こされてしまいました。3時間も寝られなかった…。

お弁当を作って次女と主人を送り出し、小学校には休む旨、電話を入れました。

今朝はもう平熱に戻っていたけれど、三女と一緒にクリニックへ。騒動が起きてから内科のお医者さんに行くのは初めてです。どんな診察になるのか、学校はいつ行けるようになるのか、いろんな心配が頭をよぎりましたが着いてみると、私たち意外に患者さんは誰もいませんでした。いつもはあんなに人がいるのに。それでも発熱したことを告げると隔離された席へ案内され、その後診察を受けました。受付の時と同じように、先生の前には透明な間仕切りが作られていました。

Tシャツを捲り上げてシャツの上から聴診器をあてられる。へぇ、最近は小学生に対してもちゃんと配慮されているんだなぁと感心する。そういえば外出の準備をしている時、三女は最初お気に入りのワンピースを着ていたけど、もしもそのままそれで来ていたら、スカートごと捲り上げなければいけなかったね。危ない、危ない。

診察を一通り終えて「丸一日熱が出なかったら学校へ行って大丈夫」だと言われて安心しました。この様子だと明日には登校できそうです。処方された薬が錠剤ばかりで、粉とシロップが苦手な三女は狂喜乱舞していました。

あーなんか疲れた。こんなネガティブな発言よくないのだろうけど。でも自分が働いていた頃に比べると今は本当に身軽だから、子供の病気もあまり怖くなくなりました。いくらでも手間と時間をかけて対処することができますから。働いていた頃は、子供が熱を出すのは本当に恐怖でした。でも大きくなった今と違って乳幼児の頃は本当によく熱を出していました。長女が小さかった頃は、不思議なもので私が飲み会の日には毎回熱を出していました。私自身がいちばん辛かったのは次女の時。派遣としてフルタイムで働いていましたが、朝発熱がわかるとまず派遣先の会社に電話して休みたい旨伝えます。その次に派遣会社に電話して「派遣先の会社に了解をもらったこと」と休みたい旨伝えます。それから保育園に電話をしてお休みすることを伝えます。この3本の電話がセットになってようやく休みが確定して医者に連れて行くことができます。でも病気なんて毎回1日で治るわけではなく、翌日また同じ流れを繰り返すこともあります。場合によっては医者へ行った後に子供をあずけて出勤することもあるし、病児保育を利用することだってあります。働く母というものは、残業できなかったり子供が病気でもすぐに迎えに行けなかったり家事をする時間が足りなかったり、母としても妻としても社会人としてもどれも中途半端な自分を不甲斐なく思ってしまいます。特に子供が病気の時はブルーになってネガティブな思考に陥りやすい。うちは主人が仕事を頑張る人だから私ばかりが辛い思いをしてきた感があります。実際はお互い一生懸命だからそうではないはずなのですが。

この記事を読んでくださる皆さんがどうかひとりで抱え込んで辛い思いをしないように、ストレスなくいつも家族みんなで笑って過ごせるように願っています。

今夜は早めにぐっすり眠ろうと思います。

未来はいつも面白い!