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フットボールと差別

2016-2017、2017-2018シーズンであったか、私はある事情があり、とあるロンドン北部のプレミアリーグチームのシーズンチケットをあきらめた人から2年間ただでチケットを貸してもらい、いそいそと観戦に出かけていた。

初めて観戦に行ったとき、最初の何十分かは全然選手が見えなかった。目の前の男二人組が私の視界にずっと入っており、私は二人組の間を縫って試合を見ようとしたが、またその二人は私の視界に入ってきて、遮るのであった。うーん、どうすればいいのだろう、と戸惑いながらあっちに体をずらし、こっちに体をずらし、していたが、後ろから肩をたたかれた。肩をたたいた人は口に人差し指を当て、しーっという具合で、「オレと席を変われ」という指示を手でやり、私はその人と席を入れ替わった。前の男二人は、後ろから何か違うものを感じたのであろう、それから前の二人は体も頭も動かさず、冷静に試合を見ており、私と席を変わった男の視界を遮ることはなかった。しばらくして、私は席を変わってくれた男の指示でもとの席に戻った。それからは男二人組はおとなしく試合を見ており、私の視界を遮ることはなかった。

やられた、と思った。これはパブで何回かやられていたことだから気が付かないはずはないと自分で思っていたが、最初のスタジアム観戦でこんな洗礼を受けるとは思わなかった。

これも長い話になるが、短く省略すると、プレミアリーグはイギリス国内では、有料テレビでしか放映されない。受信料を払って、昔はお皿(衛星放送アンテナのことをイギリスではこういった。)を買って、ややこしいセッティングをして、ようやく見られるのがプレミアリーグであり、貧乏人やわちゃわちゃした雰囲気が好きな人達は、パブに試合を見に行くことがほとんどだった。

前によく見に行っていたパブは、パブの離れに小屋があり、そこで試合が見られるようになっていて、試合中は暗幕が貼られ、大きなプロジェクターで試合が見られるようになっていた。最初のころ、そのパブに試合を見に行くと必ずと言っていいほど、嫌がらせで目の前にたって視界をじゃまするのがいた。そして、誰か年寄りだかが大きな声で「みっともない真似するなや」とか怒鳴るといなくなるというのが恒例だった。女がサッカー見に来ているだけで、こういうことやる人がいるのはびっくりしたが、そのうち私が特定のチームがなく、ただ単に試合が見たいからパブにのこのこやってくるのを見て慣れたのか、もう視界にも入らなかったのか、嫌がらせはやんだ。

さかのぼって大昔、初めてロンドンでサッカーを見たのは2005年だった。チェルシー対エバートン、スタンフォードブリッジで初観戦だった。この時は、日本の男性の方とその奥様、私というラインナップで見に行っており、女一人ではなかった。席の目のまえにいたのは、ラテン系の黒髪の男性で、その男性のミニチュア版かというくらいそっくりな子供を連れていた。別にその席の男性は人に何かするでもなく、子供と応援をし、試合が終われば子供を肩車してかえって行った。試合に行く前、いろいろな人から「大丈夫?」「あぶなくない?」などと心配されたが、なんの心配も必要なかった。

サッカー観戦の場合、連れの男性がいると、別に何の危害も加えられることもなく、見て居られる。が、女性だけ、となると時たま、こちらが居心地の悪くなるようなことが起きたりする。

時たま考えるが、これは女性だから差別されているのか、それとも私は少数民族のアジア系だからこういう反応をされているのか。ただ、これは周囲の人に言わせれば「よそ者が怖くてそういう行動してるだけだ。お前が女だからとか東洋系だからとか関係ない。よそ者で得体のしれないものには態度が変わるのもいる」らしい。まあ、差別とかの前に「得体のしれない人」は怖いということか。まあ、正直、こういう時は結構あって、そのあとたどたどしい英語で「どうしてここに来たか、何しに来たか」がはっきりすれば、女だろうがなんだろうが、ちゃんと歓迎してくれる場合もあるので、その辺はなんとも言えない。

が、正直、サッカーに関しては女性だから、差別されてんなと思うときはある。

「サッカー見るの好きなんですよ」とこちらの男性に言って、何回か言われたことがあるセリフが、二つある。一つは「オフサイドとかわかるのかよ?」である。

これはもう、イギリス人のサッカー好きの中では、古典的な話になっているが、アランブラジルという元マンチェスターユナイテッドのプレーヤーが何かの折に女性がサッカー見る、みたいな話しになったときに「オフサイドってわかるかい?」とうっかり言ってしまって、主要サッカー放送局の解説者の仕事を軒並降ろされたという話がある。まあ、この選手、相当酒好きで、古き良きイングランドのフットボールの体現者ということもあり、最近はメインストリームの放送局からは距離を置いて、ポッドキャストやラジオに軸足を置いているので、そこまでなんというか見て居る人を「うわー」という気持ちにはさせていないと思うが、いかにも言いそうな感じがするので、この逸話も笑えない。(まあ、アランブラジルの話はネタかなと思う時もあるのでなんとも言えない。)

まあ、女性のサッカー好きをからかう時によく言われるのがオフサイド、であるが最近、これを言う人はだいぶ少なくなったなという印象がある。

そしてもう一つ、執拗に言われるのが、「どうせマウントとか好きなんだろ」である。これはマウント選手にはものすごい失礼であるが、何回か言われたセリフなのであえて、使わせてもらう。(ごめんなさい、マウント選手)

メイソン マウント選手はチェルシー、いやイングランド南部出身(ポーツマス)の期待の若手の選手であり、白人で生粋のイングランド人、そして、ミドルクラス出身と思われるアクセント、そしてイケメンである。女性人気が高い選手であり、男性から見れば「女が好きそうなタイプの選手」である。ベッカムみたいな立ち位置か。まあ、正直ベッカムより上流階級よりの匂いはするが。

別にそこまで好きな若手ではないので「うーんそうねえ」でかわすことにしている。で、だいたい相手に「あなたはどこのファンなの?」と聞くことにしている。そして相手がxxと言ってきたら、適当にxxの選手で自分が好みの選手をあげて「あたしあの人スキー」とか言って話を合わせることにしている。(見ていてわからないチームが数チームあり、クリスタルパレス、ワトフォードあたりは選手が全然わからないので大苦戦である。)

偏見でものを言ってくる人にはもう面倒臭いので、適当にあしらうではないが、もう「そうですか」という感じで話を合わせて終わりである。切りがないからである。

ただし、この手の話題になって「女が好きそうな選手」で名前が出てくる選手はちょっと可愛そうな気がしないでもない。なんか、外見がちょっと女好きしそうなだけで、男から毛嫌いされてしまうというのもちょっとな、と思うときがある。

プレミアリーグでちょっと前の試合だったか、「チェルシー対トッテナムホットスパーズ」戦が行われ、審判のジャッジをめぐってから試合が不穏な雰囲気になり、最後監督同士の乱闘で終わるという試合があった。監督双方がレッドカード食らって退場するというなんとも言えない展開で終わるという前代未聞の試合だった。この時にテレビ解説に出ていた元リバプールの名選手グレアムスーネスが一言「フットボールは男の世界、監督は男の仕事」云々と発言してしまい、あとで謝罪に追い込まれた。

スーネスは70歳近い人で全盛期は80年代という人である。日本でいうところの野球の解説者の江本あたりの位置づけだろうか。インテリで頭が切れてそこそこかっこいい、という感じの解説者だが、この間の一言は余計だった。

フットボールは男の仕事で男のロマンなのである。なので、女はいらないのですよ。せいぜい観戦に来ても、男性の横でコンパニオン的に見てればそれでいいという扱いなのではないかと思う時もある。

イギリスではよくあるサッカー中継のフォーマットとして、まず、試合が始まる前は座談会形式で、プレゼンターと解説者2人程度がスタジオに入り、テーマに沿った映像や画面を見ながら最近のサッカーの移籍事情を説明したり、プレミアリーグのざっと1週間のまとめ、試合に入る両チームのベンチ外情報などの中継を絡めながら番組を進めていく。そして、マイクが会場に控えている実況中継アナウンサーとそのアナウンサーとタッグを組む解説者がおり、試合が始まるとマイクがその二人に渡り、試合中継が始まる。

会場に控えているアナウンサーと解説者はだいたい何名か持ち回りで解説者はそのチームにゆかりの深い人が担当することが多い。どちらかというと、この場合の解説者は解説に特化し、自分のコメントを挟むことはなく、淡々と進めていく。スタジオにいる解説者は皆さんがわかるような、派手な実績のある人や、実績がなくてもコメントがうまく、視聴者の支持がある人達が多い。(あとあとツィッターなどでxxがこう言っていた、みたいに取り上げられることもものすごい多い。)

前半が終わると、マイクがスタジオに渡り、そして後半が始まるとグラウンドにマイクが渡る。終わるとスタジオにマイクが渡り、試合の分析が始まる。

プレミアの場合、メインの試合はそこまででもないが、下位同士の争いや月曜の夜などという視聴率がちょっと休日より落ちるときに時々スタジオ解説者に女子のサッカー選手が出てくる。

この女性の解説者が出てくるだけで、小声で「失せろ」などと言っている年寄りがパブにいたりする。正直、聞いていて気分がよろしくない。

ある年寄りが「女性だし、黒人だし、どうしてこんなの出すんだよ」とパブでテレビに文句言ってるのも聞いたことがある。私から聞くと普通にまともなこと話している解説者に見えたが、私は外国人だし、サッカーはプレーしたことはない。なので、連れに「あの女性解説者はおかしなこと言ってるのかしら。どう思う?」と聞いたことがある。連れは「俺は別に変なこと言ってるとは思わない」といい、連れの隣に座っていた見知らぬ若い男の子もこの話に入ってきて「別に普通のことを言ってるだけだよ。人に何か言われるような解説はしていない」と言っていた。

サッカー業界は女子サッカーも盛んにしたいし、プレー人口を増やしたいというのもあり、女性サッカー選手のバックアップ(経済的にも、メディア的にも)に余念がない。その辺の空気を感じて「失せやがれ」という人もいるが、大体がもう、女性もプレーするし、サッカーを見る人もいてそれはおかしくない、という認識をたいていの人は持っているとは思うが、たまにこちらに刃物の刃先を突きつけるような反応をしてくる人が出てきて、ハッとすることもある。まあ、偏見はまだあるんだよな。

そして、時たま、私の中にも偏見があるのに気が付く時もある。

私はあまり聞いたことがないが、サッカーは女性で試合中継を専門にしているアナウンサーもいる。

イギリスの場合、土曜の昼3時キックオフのサッカーの試合は原則中継はなしになっている。ブラックアウトアワーと言われており、サッカー場に生で行って、試合を楽しみましょうという趣旨で中継はなし。その間、サッカー中継のチャンネルは「サッカーアワー」みたいな番組に切り替わる。これは各地の試合の途中経過を伝える番組で、この番組のリポーターやハイライトを中継するアナウンサーに女性が何名か混じっている。

これも、最初は私はなれなかった。ずっと男性のアナウンサーなのに、いきなり女性の声で「ゴール」とか言われても、何か違和感があるのである。周りに人にこれもどう思うか聞いたことがあるが、「このおばさんは俺たちが子供のころからゴールとかやってるんで、別に違和感はない。たまに声を聴くと頑張ってんなと思うよ。顔は知らないけど、声や調子は一緒だよ、ずっと」という意見がほとんどだった。

イギリスに来てスポーツ中継を見て、最初に慣れないな、と思ったのは女性のプレゼンターがいることだった。サッカーも解説者を従えているプレゼンターに女性が何名かいる。ワールドカップになると女性のプレゼンターが出てきて、往年の名選手と一緒にサッカーの試合を見て、試合後の分析をしたり、思い出話を聞くコーナーに出てきて普通に進行役を務めている。年配の男性アナウンサーなどがバックアップで控えていることもなく、普通に進めていくのである。

ああ、日本と違う、と思って他のスポーツ中継を見てみると、競馬、かなり有名なおばさん中継アナウンサーがおり、大きい大会になるとこの人が必ず出てくる。(パラリンピックなどにも出てきた。)ゲーリックフットボール、メインのプレゼンターはほとんど女性、スヌーカーの世界選手権も進行役のプレゼンターはたぶん10年以上女性アナ、ダーツも女性アナ登場率高い、テニスも名物女性アナがいた。

そして気がつくと慣れているものである。まあ、いてもおかしくないよね、くらいに思ってテレビを見ているし、そのうち性別なんかどうでもよくなる。ただ、最初は違和感が半端なかった。それだけ日本のスポーツ中継には女性が出て来ない、ということなのであろう。

多分であるが、BBCあたりが箱根駅伝をやったら往路は女性、復路は男性くらいのえげつない分け方をしてくるか、女性でもちゃんと番組を取り仕切って進められるプレゼンターを10年単位で育てるかどちらかして、女性を乗り込ませるであろうと思う。

まあ、日本がこの水準まで行くのはかなり時間がかかりそうであるが、スポーツ中継を見て居て、女性がどれくらい出てくるのか数えてみるのも面白いと思う。









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