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大人の幸福感

毎日新聞日曜版に掲載されている、心療内科医の海原純子さんのコラムを毎週読んでいます。
先日の日曜日の記事はなんだか共感するものがありました。

 家の中で楽しみを見つけ、心地よく生きるのは大人でないとできないことかもしれないと思う。外から与えられる楽しみではなく、自分の中で作り出す楽しみ、わあ、きゃあというものではなく、じんわりと長く続く幸福感を見つけるのが大人だと思う。(9/5毎日新聞「新・心のサプリ」海原純子)

感染症が広がるなか、家で過ごす人が増えたということで書かれていた文章だけれども、以前から私もそんなことを思っていました。

与えられる楽しみ、ゲームとか、ネットで見られるもの、遊園地や買い物など、外からの刺激は楽しいけれど、何かがないと楽しめないものは快楽だから、長く続いていくものではない。
それに対して、自分だけの楽しみや幸福感は、他の人にはわからないこともあるだろうけれど、じんわりと幸福を感じることができる。

最近、こういう幸福感が以前より増えたような気がしています。
それは、そういう時間や事柄を自分に与えることを許せるようになったからかもしれない。

例えば、カリグラフィーの練習をしている時はまさにそうかも。
お手本にならって、指先に力を入れたり抜いたり、カーブのタイミングを集中してはかったりしている。それはもう没入感があるので瞑想に近く、余計な思考が止まるので、じんわりと幸せ感がくる(いまいち集中できないと、来ない)。

イラストを描いたり、色を塗ったりするときもそう。

いいお天気の朝、部屋の中に太陽の光が斜めに差し込んで、部屋中が明るく輝く時なんて、それだけで幸福な感じがします。

家の中だけではなく、外でも。
写真は鎌倉の東慶寺の野葡萄で、しゃがんで葉っぱの間にこういうきれいな実を見つけたりすると、すごくわくわくする。

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もっと植物の写真を撮っていた時は、いわゆる雑草がいろいろ生えているところを見ているだけで嬉しくなることもあったけど、あれは間違いなく植物からエネルギーをもらっていたので、植物療法の一種だったのでしょう。

 ある活動をして楽しんでいる時の喜びはヘドニアと呼ばれている。一方、個人的に充実した時を過ごす時の楽しみや喜びは、ユーダイモニアと呼ばれていて、ポジティブサイコロジーの分野で、自己のアイデンティティーと関連し幸福感と結びついていることが指摘されている。(9/5毎日新聞「新・心のサプリ」海原純子)

ゆったりお茶やコーヒーを飲んでいる時なども、ユーダイモニアなんでしょうね。

ポジティブ心理学についてはちゃんと調べたわけではなく、ネットでざっくり見てみたのだけど、ヘドニアのほうは依存的になる可能性もあるかもしれないという(スマホとか、買い物とか、ギャンブルとか?)。

ただ、ヘドニアが良くないわけではなく、適度にが大事なんでしょうね。

これからどんどん大人度が進んでいく年代の人(私・笑)にとっては特に、自分の中の幸せの感度をあげていくことがとても大切なのだ、と思う今日このごろです。


書くこと、描くこと、撮ることで表現し続けたいと思います。サポートいただけましたなら、自分を豊かにしてさらに循環させていけるよう、大切に使わせていただきます。