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恋人繋ぎと呼ばないで

一年前の丁度このくらいの季節。
棚の奥底から冬物を引っ張り出してくる頃。

その頃の私はとても弱くて、
毎日のように理由もない涙を流していた。

大学生活への不安や、周りの環境のせいで自分の心を正常に保つことがままならなかった。

そんな私は自分の心を必死に保つ為に、という言い訳をしながら色んな男を渡り歩いた。

毎日のように違う男と寝て、遊んで。

こうするくらいしか現実逃避する方法が分からなかった私は無意識に身を削っていた。

そんな時に出会ったのが彼だった。

SNSで知り合った彼。
物静かでクールで、感情の起伏が少ない。

当時の私とは真反対な人だった。

彼は他の都合のいい女探しをしている男とは違って、会いたいとは言ってこなかった。

SNSでただ淡々とやりとりをするだけの日々。

来たものを返す、程度の感覚だった私は、彼のことなど特に気に止めてもいなかった。

そんなある日、寝れない夜にふと思い出して彼への返信をすると、数分もしない内に彼から返ってきた。

まだ起きてるんだこの子。

そう思ってポンポンと続く夜中のラリー。

彼が『電話する?』と言うから、流れるように私達は電話をした。

『こんばんは。』

顔も合わせたことのない彼の声。

優しくてイメージ通りの声に、少しだけドキッとしてしまう。

『こんな夜中によく起きてたね?』

彼は『そっちこそ』と無邪気に笑った。

他愛もない話をしていく中で、私は少しずつ彼との会話のテンポに安心感を覚える。

『ねぇ、明日休みなの?』

私は半分冗談がてら、話し始める。

『うん、休みだよ。特に何もないけど。』

『ほんと?じゃあ…今から会ってみない?』

会話の流れから、とても腰が重くてインドアな事は分かっていたが、だからこそこの深夜テンションがある時くらいしかチャンスがないのではと思って誘ったまでだった。

『…いいけど。』

諦め半分で聞き出したので、何の否定もしてこなかったことに少し驚いた。

『え、いいの?本当に会うんだよ?』

『いいよ、どこ行くか知らんけど。』

二時間後、私は彼の家まで車を走らせていた。

「こんばんは!」

「本当に来たじゃん…」

彼が笑いながら車に乗り込んでくる。

「いいって言ったもん、私冗談言わないよ!」

「うん、面白そうすぎて断る理由がなかったわ。」

すらっとした体にすっと伸びた鼻筋、切れ長な目に少しだけかかるセンターパートの黒髪。

単刀直入に言うと、ドタイプだった。

「で、どこ行くの?」

ちょっとだけ不安そうにそう聞いてきた彼を連れて、私は目的地もなく車を出した。

「え?なんも決めずに走るの?」

「うん、弾丸旅好きって私言ったじゃん?」

「どこ着くか分からないの、こわっ」

そう言いつつ、楽しそうに車の外を眺めている彼が可愛かった。

お互いの過去の恋愛遍歴を喋りながら、適当に深夜のドライブをした。

「なんか、お互い面倒臭い恋愛してるね。」

彼が立ち寄ったコンビニで買ったコーヒーを片手にそう呟く。

「そうだねぇ、しばらくは恋愛しなくていいかなぁとは思ってるよ、私は。」

そっかぁと優しく相槌を打つ彼と私の肘が少しだけ当たる。彼は避けなかったので、私も避けずにそのままくっつけていた。

「てか、もうすぐ日の出だね。」

「ね、ちなみにこの辺、海だよ!」

私は適当に走りつつ、日の出が綺麗そうな海辺を探して車をつけていた。

「え?海なの?やば、どこまで来たの俺ら…」

「ちょっと空明るくなってきたから、あと30分もすれば綺麗な景色見られると思うよ。」

「へぇ…じゃあ20分くらい寝よ。」

「えぇ?!突然シャットダウン?!」

彼はおもむろに私の腕を取り、私の腕を抱き枕のようにしながら目を閉じだした。

突然すり寄ってきた彼との距離感にビビり散らかしたものの、離すことなどできる訳なく、そのまま彼の仮眠を受け入れた。

どんどん私に体重をかけていく彼、20分くらい心臓がうるさかったのを覚えている。

「…ねぇ、起きて、もう日登るよ。」

すぅすぅと寝息をたてだしていた彼を起こして、目の前の明るくなった空を指さす。

「うえぇ、めっちゃ綺麗じゃん。」

「外歩いてみようよ。」

車を降り、浜辺を歩くことに。

「ん、転けそうだから。」

彼が私に手を差し出した。

「あ、ありがとう…」

自然に繋がれた手が、冷えた朝の空気に不釣り合いほど熱く感じる。

恋人繋ぎなんていつぶりだろう…。

都合のいい関係ばかりで、ただ手を繋いで歩くことが何年ぶりかも忘れてしまっていた。

「あそこ高台かな?登る?」

あれだけ腰が重いよ、と自称していた彼に、私が振り回した影響で好奇心が生まれていた。

「ふふ、登る!」

「何笑ってんのさ?」

腰重い割には楽しそうだね、と言おうとしたけど、何となくその言葉は飲み込んだ。

「えぇ、めっちゃ綺麗…」

高台を登った先には、さっきの何倍も視界が開けて綺麗な朝日が広がっていた。

「俺、こんな綺麗な日の出見たの初めて。」

「ほんと?良かった、楽しいでしょう?」

「うん、ありがとう連れてきてくれて。」

彼が繋いだ手を更に強く握ってくる。

どうしよう…好きになってしまう…。

必死に好きになりそうな心を押し殺す。

それから、私と彼はタイミングがあえば毎日のように電話をするようになった。

『ねぇ〜迎え来て〜!』

『酔いすぎ。俺も酒飲んだから無理。』

彼は酔った時に電話なんてするなよって言いつつ、私が飲み終わりくらいの時間を狙って電話をかけてくるような人だった。

私が彼を好きになるのは時間の問題だった。

『酔ってる時、可愛いよ。』

彼は時々そんなずるいことを言う人だった。

『うるさい、可愛くない。』

『はは、かわい。かわいいよ。』

こんな言葉を貰って好きにならない方がおかしいよ。

それから何度か、二人でご飯に行ったり、弾丸旅をしたりを繰り返した。

季節が変わって、春の暖かさを感じ始めた頃。

「好きになっちゃった。」

いつも通りご飯に行って、帰りに夜の公園に車を停めて手を繋いで歩いてた時に、私はそう言った。

「え?」

「ごめん、恋愛しなくていいかなぁとか言ってたのに。好きになっちゃったの。」

しばらく沈黙が流れる。

「…どうして欲しい?俺に」

好きに対する返事をしない事が返事だった。

泣きそうになりそうなのを堪えて、私は震える声で返す。

「…気持ちに応えられないならそう言ってほしい。諦めるから。」

「諦めたら俺とはもう会わないの?」

「会えないよ…」

彼はずるい事しか言わない。
私は泣かない事に全神経を使っていた。

「そっか…会えなくなるのは嫌だな。」

「でも、私の事好きじゃないんでしょう?」

「…うん、友達だと思ってた。」

そんな発言、恋人繋ぎしながら言う事じゃないよ。

堪えられなくなった涙が頬に伝いだした。

「…泣かないでよ。」

泣かせてるのは貴方だよ。

「…ごめん、分かってたけど。うん。」

「俺は切れないよ、また会いたいと思ってた。」

今なら、恋愛感情が分からなくなった今なら、彼の気持ちが少しだけ理解出来る。

けどその頃の私は、彼の発言が全部意地悪にしか聞こえなくて、辛くて仕方なかった。

「そんなこと言わないで…諦めさせる気ないじゃん。そんなの。」

「…ごめん。」

「諦める。連絡ももうしない。会わない。」

「…そっか。分かった。」

手が離される。

「…帰ろっか。」

帰りの車内は、終始無言だった。

家に着くと、彼はぽつりと呟いた。

「…ごめんね。」

そんな言葉、欲しくない。

私は何も答えずに車を降りた。

彼の姿が見えなくなった瞬間に涙が溢れる。

それから数ヶ月。

彼を想って泣くことはなくなったけど、彼の好きな曲は聴いてしまうくらいの頃。

私は大学生活側で嫌な事が重なり、心が限界を迎えかけた。

少し前、こんな時に話を聞いてくれるのは彼だった。

私は無心で彼のLINEのブロックを外し、

『しんどい』

とだけ送った。

一分もせず、彼から電話が来た。

『どうした?大丈夫か?』

久しぶりに聞く彼の声に安心したのか、私はその場で泣き出した。

『…いいよ、落ち着くまで泣きな。』

彼は理由も聞かずにそう声をかけてくれる。

そうだ、彼はこういう人だった。

それから、私は定期的に辛くなると彼を頼るようになった。

自然と、恋愛感情は消えていった。

けれど彼は時々

「辛くなったらいつでも電話かけておいで」

「俺はいつでも味方だからね」

そんな思わせぶりな事を言ってくる。

けど、もう私は手のひらの上で転がされるような女ではなくなったよ。

「…俺は男女の友情は成立しない派だけど」

つい最近、彼が私にそう言った。

「そう?私は君のこと、友達として好きだよ。」

私は迷いなく、彼にそう言った。

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