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X Talk 2.1- 回り道が結ぶ出会い

獣医学研究者による対談シリーズ、“VET X Talks” (ベット・クロストークス)。ふたり目のゲストとして、ボストン大学(Boston University School of Medicine)の茂木朋貴先生をお迎えしました。

茂木先生は、2022年9月まで前田真吾先生の同僚として東京大学附属動物医療センターに勤務されていました。今年2月に前田先生が発表した「犬の前立腺がんに対する新しい分子標的療法の確立」に関する研究には、遺伝子情報のデータ解析などで参加されています。茂木先生は臨床獣医師であると同時にDNA解析などの情報科学もご専門です。

ボストン赴任の直前に、貴重なお時間をいただきました。

今回の対談では、新しいことにチャレンジする姿勢が成長につながることを、おふたりが語り合います。明確な目的意識や、個性を生かした協力関係の大切さも学ぶことができます。また、獣医学研究では、ある日突然に常識がひっくり返ることもあるそうです。そんな時でも、信念をもって楽しく歩き続けることが成功の秘訣のようです。
 
1st シーズンでは、獣医学研究が 「ブルーオーシャンで新大陸を探す」冒険に例えられました。茂木先生にとっての研究は、「砂漠でオアシスを求めて歩き続ける道のり」だそうです。経験に裏付けられた “勘” を頼りに歩き、時には道を間違えることもあります。でも、「オアシスがこっちじゃないことが分かった」ことも1つの成果だと言います。
 
ベット・クロストークスの2ndシーズンでは、明るく前向きな茂木先生のキャラクターを4回にわたる前田先生との対談で引き出していきます。

ゲノミクスとは? 

--(ファシリテーター)本日はよろしくお願いします。まずはじめに、茂木先生のご専門について教えてください。
 
茂木朋貴特任助教(以下、敬称略)大規模に出てきたデータを解析するのが僕の仕事、というか “特技” ですね。

前田真吾准教授(以下、敬称略)理化学研究所(理研)の頃にやってたんだっけ?
 
茂木:そうです。理研で学んだ技術です。
 
前田: “ゲノミクス” だよね。 “網羅的解析”。ゲノミクスができる研究者はたくさんいるけど、茂木君みたいに生き物とデータの両方が分かる人は貴重な存在!
 
--:初歩的なコトで恐縮ですが…、ゲノミクスとは?
 
茂木:簡単に言えば、遺伝子配列を調べて意味のある情報を引き出す学問です。例えば、自分の口の中をこすって送ると、肥満になりやすいとか、糖尿病のリスクがあるとか、レポートが送られてくるじゃないですか。簡単に言うと、あれもゲノミクスの一つです。DNAの表面には、マーカー(= しるし)がいっぱいあります。それを読んで、病気の原因となる遺伝子配列と結び付けています。
 
細胞はゲノム、つまり体の設計図から作られています。病気になったとき、DNAに異常があれば因果関係が分かります。「(遺伝子に)こういう変化を持っている人は、こういう病気になる」っていう情報をまとめたものを疾患ゲノミクスと呼びます。
 
--:犬や猫の単一遺伝子疾患は、原因となる遺伝子が特定された病気も増えていますね。ある病気の原因として、どの遺伝子がどう変異しているかを調べる研究という理解でよろしいですか?
 
茂木:そうです。昔は(遺伝情報の)一部しか読めませんでしたが、今は遺伝情報をすべて読めるようになりました。

遺伝子情報解析:技術革新で数千億円が数万円に

--:前田先生がおっしゃる、「両方が分かる人が貴重」というのは?
 
前田:スーパーコンピューターを使って遺伝情報を解析する人はいっぱいいるんです。“ドライ”(研究)と呼びますが、コンピューターを使う研究です。一方、生き物を扱って調べるのは “ウェット” です。ドライとウェット、両方をできる人はかなり少ないんです。

 茂木:昔は、(遺伝病を診断するのに)家系図を書いて、特定の病気が “発症した” “発症していない” というのを3世代以上遡りました。そして理論上、「この病気は遺伝している」と判断されると、原因遺伝子の特定を行いました。染色体上にあるマーカーを調べて同じ病気に共通する(遺伝子変異の)場所を推定し、“あたり” をつけながら探し出すような作業でした。
 
非常に手間がかかるので、ゲノム解析をしながら治療はできません。今は、それ(解析)が簡単にできるようになりました。その結果、僕のように両方に携わる人も出てきたわけです。
 
前田: “次世代シーケンサー” で全部見れちゃうもんね。短時間で安く。最初の “ヒトゲノム計画” って、費用はどれ位かかったんだっけ?何千億円ってレベルだろうね。
 
茂木:国家予算くらいのお金を使ってましたね。
 
前田:それが今や10万円を切る時代。
 
茂木:マウスやラット、ヒトをやる人は増えましたね。犬や猫を対象にやっている人は、今もほとんどいないです。
 
--:つまり、犬や猫の病気に関して、論理と実践、両方の知識や経験が茂木先生のユニークなトコロですね?
 
前田:その通りです。ドライだけをやっている人は、(臨床)現場の感覚がありません。解析はできるけど、その情報をどう活かすかという勘所は分からないんです。反対に、現場の研究者は解析ができない。両方できる人は、「痒い所に手が届く」という感じで貴重な存在です。僕はメチャクチャ助かってます。
 
茂木:(臨床)現場が情報解析のできる人を欲しがっているんですが、入って来る人が少ないんですよね。
 
--: “ドライ” の研究者が臨床に来ない傾向があるのですか?
 
茂木:そうですね。情報解析の場合、ある程度明確な “答え” が出ます。それを(依頼してきた研究者に)渡したら、1つのプロジェクトが完結します。(ドライの研究者には)1つ1つが完結する仕事を好む人が多いのでしょう。
 
前田:臨床研究は、基本的に「完成!」「終わり!」っていうのはないからね。生き物を扱っていると、それぞれの病態や体質、治療への反応など、常に違うから絶対的な正解ってないし。

回り道しながら培ってきたキャリア

--:東大では、主に臨床に携わっておられますね?
 
茂木:はい。今(2022年8月当時)は研究室ではなく附属動物医療センターの所属です。泌尿器、神経、内分泌の3つの分野で診療しています。
 
前田:僕と同じ班なんです。
 
茂木:その中では神経が得意です。(獣医学科の)学生最後の年に、大学の動物病院で実習がありました。その頃はダックス(ダックスフント)のブームで、ヘルニアのダックスを毎日診ていました。
 
--:今のトイプードルのように、ダックスが人気犬種だった時代ですね?
 
茂木:(国内で)毎年15万頭が新規に登録されていた時代です。その頃は岩手大学の獣医外科学研究室にいたので、毎日ヘルニアになったダックスの神経を診ていました。「ヘルニアが治せる病院」と評判になって、神経に関係する別の病気の犬も次々に来るようになりました。腫瘍があったり、首に問題があったりして脚が動かない症状とか。そんな経験から、ここでも神経を診ることが多いです。
 
前田:僕もその3つ、泌尿器、神経、内分泌を診てるけど、これまで縁もゆかりもなかった分野だよ(笑)
 
茂木:前田先生は消化器が専門ですよね。
 
前田:もともとは、皮膚なんだよ。
 
--:学部時代ですか?
 
前田:そうです。岐阜大学の学部生だった時は、アレルギーやアトピー性皮膚炎といった皮膚症状を研究していました。消化器は大学院時代に診ていました。大学院を卒業して今のポジションに就いた時、当初は、「消化器をやっていいよ」って言われたので「よし!」と思ったんですが…。当時の教授(= 松木直章先生)が泌尿器、神経、内分泌を診ていて、「やっぱり俺の班が忙しいから手伝え!」って感じで今の診療科になりました。茂木先生も、そんな流れだよね?
 
茂木:僕、ここ(東大)の大学院時代に扱っていたのはリンパ腫なんです。全然違う分野…。もともと(学部時代は)外科なのに、(大学院で)内科に来てリンパ腫やって…。今度は内分泌と泌尿器も…。
 
--:茂木先生も前田先生も、ご自身の計画とはちょっと違うキャリアを歩まれているんですね。茂木先生は、高校卒業後に進学されたのは理学部だったとも聞きました。
 
茂木:最初に入った大学は理学部でした。でも学部2年生の夏、「獣医学をやろう」と思い立ったんです。それで、早期卒業しました。
 
前田:3年で出たってこと?
 
茂木:そうです。
 
--:理学部から、なぜ、獣医学部に?
 
茂木:僕が高校生の頃にヒトゲノムが読まれて、それが面白いと思って理学部に入ったんです。分子生物学が好きだったんですが、授業で聞く話からは「これ、生き物につながらないな」という思いが強くなっていったんです。
 
当時やっていたのは、タンパク質の結晶化でした。タンパク質というのは生命の主な構成成分なんですが、実験をしているときにふと思ったんです。結晶化したタンパク質を袋に入れて、“チャプチャプ” (して合成)したら生き物が作れるかって言うと、「できないよね~」って。
 
学問としては面白いけど、実際の生命現象とは大きな隔たりがあるのが納得できなくて…。「実際に生き物をみよう」と思ったのがきっかけです。で、編入した獣医学部で犬の神経をたくさん診たわけです。
 
--:獣医学部を卒業された後は?
 
茂木:東大の獣医内科学研究室に大学院生として入りました。
 
--:その時代にリンパ腫をやっておられたわけですね。
 
前田:僕の大学院の後輩ってことだね?
 
茂木:前田先生は、僕が入った時にちょうど卒業されてます。
  
--:最近は、前田先生が論文を書かれている泌尿器関係の研究でコラボレーションされていますね。
 
茂木:前立腺がんの研究ですね。

--:おふたりとも、予定していなかった分野に携わることになったわけですが、そこで出会い、今では共に研究に取り組む。縁ですね。

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好むと好まざるとにかかわらず、様々な経験を経て現在に至ったおふたり。特に茂木先生は、理学部を早期に卒業して獣医学部に編入。学部卒業後も外科から内科、そしてゲノミクスへと幅広い分野を渡り歩いてこられました。その結果、今では "ドライ" と "ウエット" 両方にの知見を身につけた貴重な存在として活躍されています。

こうしたキャリア構築の実例は、学生さんや若い研究者の皆さんにも参考になる部分が多いのではないでしょうか?「目標に向かってまっしぐら」な人生、 "回り道" に見えるルート、それぞれに色々な "お宝" が眠っているようです。

次回は、茂木先生が獣医学研究に携わるようになったきっかけをうかがいます。また、茂木先生にとっては獣医学研究が、「広い砂漠でオアシスを探すようなもの」だそうです。さて、どんなオアシスを探しておられるのでしょう?

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