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獣医療関係者のメンタルケア - X Talks 9.2 -

獣医学通訳という"オンリーワン"なお仕事をされている久保田朋子先生。前回は、臨床獣医師になったきっかけや、そこから通訳者にキャリアチェンジされた背景などをうかがいました。今回は、久保田先生が通訳のお仕事を通じて知った、獣医療関係者のメンタルケアについて訊きます。


獣医療従事者に必要なサポート

--:色々なセミナーの通訳をされることが多いということですが、講師として来日されるのはアメリカの先生が多いんですか?
 
久保田:基本的にはアメリカから来られる先生が多いです。でも、イギリスやヨーロッパ、オーストラリアからもいらっしゃいます。
 
前田:出身は別の国でも、アメリカの大学で活躍されている先生も結構いますよね。
 
--:やっぱり獣医学研究はアメリカが強いんですか?
 
前田:強いと思います。
 
久保田:予算の規模も全然違うって言ってました。
 
前田:やっぱり研究費の予算は日本とはけた違いですね。でも、世界獣医がん学会でご一緒したナップ先生(※)が、「アメリカでもアカデミアに残る人がどんどん減っている」ということをおっしゃっていました。アメリカでは専門医の資格を取って民間で働く方が、アカデミアよりも給料がかなり良いそうです。だから、みんな研究者ではなく専門医になってしまう、と。そう考えるとアカデミアはどこも大変だなと思います。

※ 獣医師で米パデュー大学のDeborah Knapp Distinguished Professor;犬の移行上皮癌研究の第一人者

久保田:それって、解決策はあるんですか?
 
前田:一朝一夕な解決策はないんじゃないですかね…。アカデミアには変な人が残るんですよ(笑)僕たちみたいに、研究好きでマニアックな人が。それはそれで良いような気もしますが、一方でどんどん研究業界が縮小していってしまう気もします。難しいですね。
 
--:経済的な報酬を求めるか、探求心に従って研究者になるか、価値観は様々ですからね。久保田先生は、人と人を繋ぐ通訳に意義を感じていらっしゃるということですが、今後、何か目指していることはありますか?
 
久保田:臨床獣医師の経験があるので、獣医さんたちの気持ちも理解できるつもりです。臨床をやっていると不安を感じることがよくあると思います。獣医学は常に進歩していますが、きちんと知識をアップデートできているのか心配になることが私はよくありました。対人関係のストレスもあると思います。そんな経験から、獣医師のメンタルヘルスのサポートに興味があります。
 
--:通訳の幅を広げるという方向ではないのですね。
 
久保田:医学系の通訳をやらないかとお声がけいただくこともありますが、基本的にはお断りしています。私のポリシーとして「獣医さんたちのためになることをしたい」と思っています。それを通して、動物たちにも貢献できるならすごく満足です。
 
前田:久保田先生が獣医学に対してそんなに熱い想いを持っているのを今回知ることができて、なんだかすごく嬉しいです。
 
久保田:やっぱり私も獣医師なので。今、獣医師や獣医療従事者のメンタルヘルスが大きな問題になっていて、そういうことに関する通訳もやったことがあるんです。海外では(獣医学部の)カリキュラムに"セルフケア"が織り込まれています。臨床現場では「こういったトラブルに陥りやすい」「こういったトラブルに対してはこう対処するとよい」といったレクチャーがあります。それを通訳として聴いていたときに、過去の自分のことを言われている気がしたんです。
 
前田:そんなテーマの講義があるんですね。僕も聞いてみたい!


自殺率が高いアメリカの獣医療関係者

久保田:コロラド州立大学にもソーシャルワーカーさんがいるんです。獣医さんじゃないけど、以前その方をご招待したセミナーに通訳として参加しました。その時のお話が本当によかった。
 
前田:臨床獣医師なら、おそらくほぼ全員が何かしら悩みを持ってますもんね。日本でも、そのテーマは学会や大学の講義で扱った方が良いですね!
 
久保田:本当に、そのセミナーを聴いて私もそう思いました!
 
前田:誰か学会を運営している先生に提案してみようと思います!
 
久保田:(獣医師に対するメンタルケアは)日本でも本当に必要だと思います。臨床の現場では、なかなか「100%完璧にできた!」って実感が持てないし、色々と悩みがあるじゃないですか。私もそうなんですけど、完璧主義の先生って多いし…。そういったこともサポートしたいと思ってるんです。
 
前田:なるほど。そんな獣医師のサポートってほとんどないと思うので、すごくありがたいかもしれません。
 
久保田:大事だって思いました。
 
--:命を預かっているわけですから、プレッシャーは大きいでしょうね。
 
久保田:生き物だから、いつかは亡くなってしまうじゃないですか。治療も必ずうまくいくとは限らないし…。本当は仕方のないことなんでしょうけど、多くの獣医さんはどうしても責任を感じてしまうものだと思うんです。そういった心の負担がちょっとずつあるから、どう切り替えたら良いかとか…。少しずつ悲しい思いが重なっていくから、メンタルヘルスへの配慮は大事だと思うんです。
 
前田:ちょっとずつ心の負担が重なっていくって、すごくよくわかります。それ、僕も聞きたいし、色んな人に聞いてほしいなあと思います。アメリカで一番自殺率が高い職業って、たしか獣医師だったような…。
 
久保田:お医者さんより多いって聞きました。
 
前田:だから、そういったメンタルヘルスが大学のカリキュラムに入っているんでしょうね。問題があったとき、それを体系的にまとめて解決策まで落とし込めるのがアメリカのすごいところなんですよね。
 
久保田:アメリカにいる神経専門の獣医師で、そういうことを積極的に発信してる先生がいます。10年前に、アメリカで有名だった動物行動学の先生が自死されたそうで…。明るい性格で友だちがたくさんいたのに、何かに追い詰められてしまったんです。親しかったその神経の先生が、獣医療従事者向けのサポートグループ “Lifeboat by NOMV”を立ち上げたというお話を聞きました。
https://lifeboat.nomv.org/#/

そのお話を聴いて、苦しんでいる仲間たちを助ける活動に私も携われたらな、と思っています。私が通訳したセミナーでは、結構、泣いちゃう参加者もいましたね。たぶん、講演の中で出てくるエピソードが自分の経験と重なったりして…。
 
前田:共感しちゃうんですね。
 
久保田:つらかったことを思い出しているんでしょうね。セミナーでは、「治してあげられなかったり100%の治療ができなかったりしても、自分のことを認めてあげよう、許してあげよう」という話をされていて、それが強く印象に残っています。自分に厳しい人が多い職業ですが、自分で自分に優しい声かけをしてあげるセルフケアの癖をつけることも大切だということでした。


動物病院のソーシャルワーカー

--:助けられなかったことに対する自責の念があるわけですね。その精神的ダメージにどう対処していくかというセミナーですね。
 
久保田:そうです。大きく関わってくるのは、助けられなかったときの飼い主さんの反応だということも話されていました。
 
前田:そうですね。責められることもあります。
 
久保田:怒られたり、責められたりすると、やっぱりつらいし、しんどいですよね。
 
前田:はい。
 
久保田:逆に、(亡くなっても)「ありがとう」って言ってもらえると、ありがたいし、前を向こうと思えるけれど、やはり悲しさはぬぐえません。
 
前田:飼い主さんも辛い思いをしている中でのリアクションなので、難しいですね。
 
--:その辺は、医療と共通する問題でもありそうですね。
 
久保田:同じだろうと思います。
 
前田:まったく一緒だと思います。特に小児科は近い気がします。
 
久保田:医療にどういう制度があるのか知りたいですよね。日本にもソーシャルワーカーさんがいる(人間を診る)病院があるじゃないですか。
 
前田:そこにヒントがありそうですね。ほぼ同じ感じで運用できる気がします。
 
久保田:ね。お医者さんのケースでは、フォローがどう運用されているのか。
 
--:お医者さん対象のソーシャルワーカーがいるんですか?
 
久保田:患者さん側(≒遺族の)ケアをしてくれる方がいます。介入してくれることで医師と家族の間にワンクッション入るので、(遺族の)怒りの声が直接こないんじゃないかと思います。
 
--:獣医療では、まだソーシャルワーカーの導入はないのですか?
 
前田:「日本小動物がんセンター」(埼玉県所沢市)には、飼い主さんと話すソーシャルワーカーがいるというお話を聞いたことがあります。そのお話を聞いたときは、すごく先進的で本当に素晴らしいなと思いました。一般的には、獣医師が飼い主さんの心のケアもする必要があります。ですが、そういったメンタルケアについて学生時代には学んだことがないので、おそらくみなさん手探りでやられているんだと思います。
 
久保田:多くの病院ではお金(支払い・経理・経営)も含めて、全部獣医師がやらないといけない状況ですよね。
 
--:それはちょっと厳しいですね。そこは獣医さんの専門領域ではないわけですから。
 
前田:そうですね。まだまだ日本の獣医療は分業化されてないんです。日本人は真面目だから何でも1人でやろうとしちゃうんで、それが良いところでもあるんですが、良くない面も多いかもしれないと感じています。SNSで若い獣医さんが病んでいるような投稿を見ると、何とかしたいなと思います。
 
久保田:そんな投稿、多いんですか?
 
前田:「もう限界…」みたいな。知り合いでもない自分がいきなりコメントするのもどうなんだろうって思って、結局何もできずに「そっとしておこう」ってなってしまいます。
 
久保田:そっとしといたらダメじゃない?
 
前田:でも、いきなり見ず知らずの人を励ますっていうのも難しいし…。
 
久保田:確かにそうですね。
 
前田:声かけも難しいじゃないですか。「頑張れ」っていうのがプレッシャーになるとも言われているし…。直接知ってる人なら、背景がわかるからどんな声かけをしたらいいかも考えられるんだけど…。

だからこそ、久保田先生が先ほど言われたような獣医師のメンタルサポートが立ち上がったらいいなあと思います。「本当に困ったら、ここに行けば話を聞いてくれる」というような駆け込み寺みたいな場所。

久保田:はい、本当に必要だと思います。

次回は、獣医療関係者に対するメンタルケアについて、少し具体的なアイディアなどを久保田先生と前田先生との間でディスカッションしていただきます。働き方も、個人個人に合ったスタイルで良いんじゃないかというお話は、獣医師に限らず色々な職業に当てはまりそうです。

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