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フミオ劇場 18話『愛犬ポロの演技』

 恋の逃避行からほどなく、フミオは子供のいない久美子のために子犬を飼う。職場にも連れてくほどの可愛いがりようだった。


 県内の最高気温がまた更新されたと、地元アナウンサーの悲痛な声が、カーラジオから聞こえている。連日の暑さにうんざりしていた和彦はフーとため息をつき、平置きの従業員スペースに車を停めた。
 
 炎天下には意味がないと思いつつ、派手な色のサンシェードをフロントガラスに張る。顔と首にはすでに大粒の汗。

 冷房を求め足早に歩きだすと、フミオの車にポロの顔がよぎった。ポロというのは、フミオが飼っているヨークシャーテリアの仔犬だ。

 車内を覗き込むと、やっぱりポロだった。窓を引っ掻いてはズルズル滑り落ち、立ち上がってはへたり込む。きっと車内は蒸し風呂だ。身体の小さいぶん消耗も早いはず。

 和彦は全力疾走で、ボウリング場裏手にある事務所へ向かった。


「パパ!」 

 職場では、フミオの役職「部長」と呼ぶのだが、焦っていたので思わずそう叫んだ。
 
「ここでは、お前のパパちゃうぞ~ワシは」

 デスク椅子に踏ん反り返り、クルクル回りながら呑気な声を出す。

 「ポロが苦しそうにしてる!」
 
 だが、フミオは驚きもせず
 
「苦しがってる? ああ、それは演技や。あいつは最近、よお〜演技しよるんや」

「なに言うてんねん、熱中症なるで! はよ出してやらな!」

 
 取り乱す和彦をみても

 
「演技や、言うてるやろ。あんな小さい脳みそやのに、ほんま頭ええねん、犬も演技出来る奴おるんやで。珍しいけどな」

 演技の一点張りである。
 
 埒があかないので、和彦は壁に吊るされた社員たちの鍵からフミオのキーを探して引ったくった。
 
 走って来た道を全速で戻る。虫眼鏡で太陽光を集めて、狙い撃ちをされてるみたいだ。ジリジリを通り越してアツ痛い。
 
ーークッソ、俺が熱中症なるわ!
 

 グッタリするポロを救出し、事務所で水を飲ませた。クーラーの近くに寝かしてやると、意外に早く元気を取り戻してくれた。
 
 
 フミオがポロの頭をくしゃくしゃと撫でる。
 
「かまって欲しかったんやろ? やっぱり演技しとったんやな。ほんまに賢いな〜ポロは」
 
 車内に平気で置き去りするくせに、ウチのポロは賢い演技が出来る犬だと猫可愛がり。和彦も会社の社員たちも、愛情があるのかないのかと首を捻った。

 
 フミオが言うには、ポロは演技が出来る上に
特殊能力もあるらしい。人を見分けるという意味がよく分からない能力。


 樹里が、フミオと和彦が住む町の近くに用があったので、ご飯でも食べようかと連絡を取った日のことだ。

 フミオが不倫逃避行してから、3年ぶりの再会だった。

 駅のロータリーに出ると、車で迎えに来たフミオがいた。

「なんや〜お前、また痩せたんちゃうか。メカタなんぼあるんや」
 
 メカタ? 
 
「目方? ああ体重? 変わってないよ」

「棒切れが歩いてんのか思たぞ」

「棒てッ」
 
 久々に会った娘に、他に言う事ないんかっ? 
 相変わらずなオッさんである。

 
「まだ仕事あるから、ちょっと事務所で待っててくれ。終わったら、和彦連れてご飯行くから」

「ああ、ええよ」
 
 事務所に到着して、フミオの後についていくと小さい犬が飛び出してきた。あやうく踏みそうになる。

 フミオの足にピョンピョンと纏わりついた。

 犬には興味が無いので、樹里はソファに座りメンソールタバコを口にした。(この頃はメンソールを吸ってるとそれだけでカッコ良いと思い込んでいた)

「ポロって言うんや。ワシの犬や」

 樹里はタバコを落としそうになった。

 嘘やろ、このちっちゃい犬が?
 世界いち似合わない組み合わせだ。

 ポロは、フミオの側にいたかと思うと、樹里の足下に寄ってきて樹里をジーっと見上げ、そしてまたフミオのもとへトコトコ戻るという動作を繰り返した。

 フミオが、腕を組む。

「おお~。ポロにはやっぱり分かるんやな。樹里、さっきからこいつ、お前のこと観察しとるやろ。『この二人は、ひょっとして親子ちゃうか?』そう思とるんや」

 飲んでたジュースをこぼしそうになった。

 いやいや、犬て、たいがいこんな動きやろ。
 ほんで、ひょっとせんでも親子やけど、アンタと私の顔は似てませんから。

 運良くフミオの米粒サイズの目を引き継がずに済んだので、事実ちっとも似ていない。

 この後、事務所に来た社員も

「ほんとにほんとの娘さんですか? 部長の血がこの人に流れているのですか?」

 と、目を丸くしていた。 

 だが短気な性格の方は、そっくり似てしまった。フミオの母である孝江お婆ちゃんから代々続く厄介な血だ。

 弟の和彦には遺伝しなかったようで、フミオは昔から溜息混じりにこぼしていた。

「樹里が男で大人しい和彦が女やったら、ちょうど良かったのになあ」

 しかし樹里は、自分が男に生まれてなくて幸いだったと思う。昭和の時代に、世間でいうところの〈女〉というストッパーがあったおかけで、幾ばくか激しめの血は弱まっている。

 自分が男で、あの気質を100%受け継いでいたらと思うとそら恐ろしい。

 ポロが正真正銘の【かしこ】だとしたら、その辺りの匂いを嗅ぎ取ったのかも知れない。

 タバコを燻らせ、そんなことをぼんやり考えてるいとポロと目があった。

 「そやで」

 小馬鹿にしたような目でそう語っていた。フミオの見てないとこで、踏んでやろうかと思った。

              つづく

🟣和彦の後日談です🟣

 ある日、ポロを1日だけ預かって欲しいと頼まれたが、翌日夜になってもその次の日もフミオから連絡が無い。
 おかしいと思って電話をすると

「あ? ポロ? あー忘れてたわ」

 毎日、会社へ連れて行くほどの愛犬を忘れるて、どういうことなんだろう。と、皆が驚いたらしいです。

 ポロが天国へいってから数年間。
 フミオは車の助手席の足下にポロの水入れを置いて、毎日水を満タンにして供養。車の床はいつもビショビショ。

 和彦や社員がフミオの車に乗るたび、みんな足が濡れたそうです。変わった供養です。





  

 
 
 

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