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裸の大将と頭髪と愛と

 「あい!頭頂部、薄くなってきたね!」幼馴染の散髪屋の店主である同級生がハサミの動きを止めて言う。

 「おう!よく分かったな。俺も薄々気づいていたぜ!」無駄に上手く応える私。

これでも実は結構気にしてるど。40代に入り日に日に薄くなっていく頭髪には気づいていた。それでも明るく生きていこうと頑張ってる。だから、同級生に指摘されたときもむしろ喜んだよ。いよいよ末期になってきたら、きっと誰も何も言えなくなるであろうから。良いも悪いも言われるうちが花だ、と思っていた。男は、いや、人間の価値は髪の有る無しで決まるものではない。ツルッツル頭の赤ちゃんだって皆に可愛い!って言われるじゃないか。でも心中は穏やかでない。選べるのならば、髪は有る方がいいに決まっている。それでも老化は残酷だ。いつかは俺もオヤジのようになるのだろうか…

 オヤジは禿げている。いや、もう7年前に死んでしまったので、禿げていたというのが正しいか。オヤジは若い頃から禿げでチビでデブだった。母親とのお見合い写真で髪がフサフサなのは、ヅラを被っていたからだと聞いた。今でこそ笑い話だけど、40を越えても独身で何度もお見合いを繰り返していたらしい。そんなオヤジだったので、被るだけで結婚できるならお安いご用だ!ときたもんだ。白黒のドラえもんが「マリッジウイッグー!」言いながら四次元ポケットから取り出すよ。おい、今なら俺によこせ。

 オヤジは母親より20歳上だった。結婚当時、オヤジ44歳に母親24歳。しかも2人が生まれ育った台湾から飛び出して日本に連れてった。母親は家族から猛反対された。そらそうだ。今、俺の3歳の娘が23歳の男と結婚して外国に連れてかれるようなものだからな。…ちょっと違うか。それに加えてモテない男子の三重苦持ちだ。それでも異国の地で頑張って働いて子供も4人できた。結婚できたことも、4人の子供を育て上げたことも奇跡だよ。奇跡。これぞマリッジウイッグの奇跡だよ。昭和の三大奇跡だよ。台湾人なら全員知っている奇跡。そんなオヤジは死んでしまったが、その子供ら、つまり俺と妹たちは全員結婚して何とか幸せに暮らしている。孫が8人に増えた母親は、結婚に反対していた家族から今では羨ましがられている。

 禿げでチビでデブで、ダメ押しに学歴は小学校卒だったオヤジ。昭和一桁生まれだ。戦争体験者である。フザケてこんなこと書いているが、誰もが、あんな禿げでデブでチビで学歴のない男が母親を幸せにできるはずがないと思った。それは妄想言い過ぎか。でも、やったのよね、オヤジは。しかも84歳まで生きてくれた。晩年は必ずしも健康でなかったけど、最期の別れも家族が揃うまで待ってくれた。そんなこと生きてる間に言えや!と言われるのも重々承知なんだけど、ひたすら感謝しかない。ありがとう。謝謝。

 と、ここまでボロクソに褒め称えてきたオヤジはあの人に似ていた。そう、昭和の名優芦屋雁之助、いや「裸の大将」と言うほうが分かりやすいか。知恵遅れの青年山下清が何だかんだと最後には皆を幸せにするドラマだよ。もう平成生まれは置いていくぞ。誰でも年をとる。白い毛が増えたり、黒い毛が減ったり、太ったり、痩せたりしていく。若い頃は40以上歳の離れたオヤジをみてはため息をついていた。俺もいつかああなるのか…と。でも最近、特に子供を持ってからは、オヤジのことを考え直すようになった。家族のために生きていく姿は実は美しかったのだ。そんなことをオヤジが意識してたかは知らんけど。もう会うことはないけれど、時々再放送されてる「裸の大将」を見るたびに、禿げでチビでデブのオヤジを思い出す。実は似ていたのは見た目だけではなかったのかもしれない。本当にカッコいい男ってのはな…いつか息子が年頃になったら話して聞かせたい。俺の頭髪が今より寂しくなってても。

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