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インプットとアウトプットとnoteと

 本を読み始めた最古の記憶は、小学一年生頃に遡る。毎日、図書館で借りてきた割と上級生向けの本(偉人伝は世界版、日本版とも全部読んだ)を読んでいた。二宮金次郎のように歩く下校途中に。今なら歩きスマホで完全アウトだな。それに、学級文庫と称して各教室に本が20冊くらい常備されていて、教室にいるときはいつもそれらを読んでいた。同じ本も何度も何度も。その頃の感情の記憶は全くないのだけれど、多分に文字を読むだけで私の脳内に色んな景色が再生されていて、それを追いかけるのが楽しかったのではなかろうかと思う。本に夢中の私は授業中もずっと本を読んでいた。授業も聞かず、ノートもとらず。それなんか変だよと誰も教えてくれずに小学2年生になったものだから、算数の繰り下がりの引き算のテストで零点をとることで、ようやく私は気づいたのだった。あれ?ちょっとやばいかな、と。

 そんな風にして本との関わりが始まり、成長しても飽きることなく今でも続く趣味となっている。定番、流行り、発禁モノ…興味のあるものは何でも読み漁ってきた。記憶力が伴っていれば、クイズ王にだってなれただろう。しかし、記憶力がやや貧しいせいで、一度読んだ本をまた楽しめたり、欲しかった古本を買って嬉々として家に帰ると既に本棚にあったりもする。

 本を読んでいたことで得をしたと実感できたのは、大学受験のときであった。二次試験対策のために初めて小論文なるものを書いたのだが、周りが苦労する中、割とスラスラと書いて予備校の先生に驚かれた。まぁ、単に私が文章を書けそうに見えなかったせいもあるのだろうけど。本を読むことで自然に文章の書き方を覚えていったのだろうなぁ。あと、ラブレターを書くのにも不自由しなかった。結婚前の妻へ送った大量のラブレターが棚の奥から出てきたときには、誰にも見つからないようにソッコーで燃やしたってやりましたけどね。これこそ発禁モノだ。危ない危ない。

 大人になってからは文章を書くほうにも興味が沸いてきた。しかし、長編小説は一度も完結せず…挫折したまま。あるとき新聞に投稿したエッセイが採用されて商品券を頂く。それに味を占めて、しばらく新聞投稿欄に原稿を送りまくっていました。

 このようにして、文章の「インプット」期⇒「インプット」「アウトプット」混成期を経て、「アウトプット」期に来ているのだと思う。今。そんな時期に出会ったのが「note」だった。今までのSNSとはちょっと違う、物書き好きの気持ちをアゲアゲにするデザインやユーザビリティ。あとは何といっても発展途上なのが良い。俺が言うか。一緒に成長しようよ「note」。
 

 私のアウトプットがいつかの自分みたいな誰かへのインプットになるかもしれない。「note」は、そんなワクワク感で溢れている。「スキ」を貰うために40過ぎたおっちゃんが目をキラキラさせて文章を綴っている。ひとまずの目標は定期的にエッセイを投稿していくこと。できれば1週間に数本くらいは、と考えている。そんな私なりの「noteのつづけ方」なのである。


追伸:そんな小学生の頃夢中になって読んだ本がある。

とっくの昔に絶版になっているようですが、どなたか古本で扱っているのを見かけたら教えて頂きたいです。よろしくお願いします。

 

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