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坂口安吾『堕落論』の感想

坂口安吾『堕落論』の感想を書いていきます。
ネタバレ注意です。

読書の様子はこちらから↓

3月12日分の感想

読みづらくて内容を理解できているかの自信はない。

私が感じ取った内容は、「美しいものは美しいままで終わらせたい」「人の心は移り変わりやすい」「人間はルールを決めないとリーダー(作品内では国?)の思うように動かない」って感じかな。

昔クラウゼヴィッツの『戦争論』をめっちゃちょっとだけ読んで、内容全部忘れたけど、文章量的にもそれの軽い版に近いのかな。

3月13日分の感想

P.7で政治のことを「個を没入せしめた別個の巨大な生物」と表現しているのが的確だなと思った。他にも的確だなって思うところが多い。言語化が難しいところを上手く言語化できているところを見習いたい。

同じくP.7のこの部分が印象的。

そして武士道は人性や本能に対する禁止条項である為に非人間的反人性的なものであるが、その人性や本能に対する洞察の結果である点に於ては全く人間的なものである。

戦争とか嘘とか、一般的によくないものとされる多くのことが、この「人間としてやってはいけないことだけど、やっていること(意味、意図的なもの)は極めて人間的」に当てはまっているような気がした。

また、天皇は政治家たちによってその意味を確立し、忠誠・従順、大義名分が好きな国民(P.8の日本人の性癖)によって崇められているらしい。
私は政治とか全然わからないけど、授業でこういうイデオロギーの話は聞いた記憶がある。

上記のことを端的に表しているのはP.9のこの部分だろう。

天皇を拝むことが、自分自身の威厳を示し、又、自ら威厳を感じる手段でもあったのである。

そして、私がいちばん印象に残ったのは、P.9~10のこの部分。

我々にとっては実際馬鹿げたことだ。我々は靖国神社の下を電車が曲るたびに頭を下げさせられる馬鹿らしさには閉口したが、或種の人々にとっては、そうすることによってしか自分を感じることが出来ないので、我々は靖国神社に就てはその馬鹿らしさを笑うけれども、外の事柄に就て、同じような馬鹿げたことを自分自身でやっている。そして自分の馬鹿らしさには気づかないだけのことだ。

特に印象に残った部分を太字にしている。
完全に自分を客観視することの不可能さと、自分にとってはそうでないものも誰かにとっては特別だということを気づかせてくれる。

P.14のこの部分も印象的だった。

私は爆弾や焼夷弾に戦きながら、狂暴な破壊に劇しく亢奮していたが、それにも拘らず、このときほど人間を愛しなつかしんでいた時はないような思いがする。

生と死の間を彷徨うスリルを感じているときがいちばん生きている心地がするということだと思う。
または創作でたまに見かける、好きすぎて人を殺してしまうような気持ちとも似ているような気がする。

その状態を15ページで「予想し得ぬ新世界への不思議な再生。」と表現している。すごく的を射た表現だと思う。

3月14日分の感想

戦争と日常って二分されるものだと思っていたけど、この文章を読んでいると、日常を上から塗りつぶすように戦争ってあるんだなと思った。

P.18にタイトルにもある堕落に関する内容が出てくる。

堕落ということの驚くべき平凡さや平凡な当然さに比べると、あのすさまじい偉大な破壊の愛情や運命に従順な人間達の美しさも、泡沫のような虚しい幻影にすぎないという気持がする。

堕落は平和、破壊は戦争ってことかな。
戦時中だからか、案外楽観的というか、今みたいに戦争が絶対にいけないことだみたいな、みんなが言っていることを言っていないのがすごいなと思う。私は戦争をそんなふうに見れないから。

堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。

20ページより

人間の苦悩を戦争などの争いによって救おうとするのは、真の救いではないという、新たな戦争論。タイトルの通りにいえば「堕落論」ということなのか。

人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

22~23ページより

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。

23ページ

有り体にいえば、自分らしい姿で生きることが真の救いに繋がるということかな。

堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

23から24ページ

「自分自身を発見し、救う」という部分は、推しの話になるけれど、朝比奈まふゆだなと思った。

まとめ

人間には違いこそあるものの、堕落が存在している。
たとえ人間として堕ちたとしても、政治や天皇などといった大きな力に頼ったり、本来の姿を偽ったりせずに、堕落した自分自身で失敗や苦しみを経験していくことが大事というのが堕落論なのかなと私は思いました。

戦争を経験したからこその強さ、生の感性には感心した。

引用が多くて解説?要約?みたいな感じになってしまったけれど、そろそろ終わろうと思います。
ここまでご覧いただきありがとうございました🙇‍♀️


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