見出し画像

アオハルVチューバー+YouTube公式動画〜第40回配信 相手に求める条件は、生きてることだけ

 ゲームを終了して、エリスを見た。

 エリスの顔は、幸福そうに見えた。

 僕はベッドに坐ったまま咳払いをした。

「今日の視聴者数は、どうだった?」

 話のとっかかりとして、まずはそれを訊いた。

「30人」

 エリスの答えを聞いて、さすがにガッカリした。

「30人かー。前回は150人までいったから、5分の1に減ったね」

「仕方ないよ。3日も休んだし」

「ゲームも進まなくて、ほとんど内容がなかったからね」

 僕がため息交じりに言うと、エリスはムッとしたように、

「でも今日は、重要な回になったと思うよ。数字は少なくても、私たちにとっての意味は大きいから」

「そうだね。顔も知らない人たちから、こんなに祝福されるとは思わなかった」

「奇跡じゃない? まだ私、信じられないもん」

 もちろんこれは、奇跡だった。Vチューバーにならなければ、交際0日で結婚式を挙げることなんてありえなかった。

「どうする? 本当にやる?」

「だってもう、やるって言ったし」

「そっかー。でも結婚式の準備って、なにからしたらいいんだろう?」

「なにもしなくていいよ。転ゲーは、夢を実現させてくれるんだから」

「なるほど。転ゲーの中で結婚式場へって言えば、そこに舞台は移るからね。あとはゲームに任せればいいんだ」

「アバターに着せる服は、自分たちで選ぼう。アプリでできるよ」

 僕らはまず、エリウサに着せるドレスを選んだ。

「いろいろあるね。迷っちゃうなー。ユメオ選んでくれる?」

「せっかくだから、エリスが好きなのにしなよ」

「えー、どうしよう。あんまり胸元があいたのは、ダメだよね?」

「ダメってことはないさ。アバターが着るんだもの」

「ユメオはどっちがいい? セクシー系? 清楚系?」

「そりゃあまあ、隣の奥さんだったらセクシー系でもいいけど、自分の妻は清楚がいいなー」

「でも、肩くらいは出してもいい?」

「いいよ。じゃあこの中では、これだね」

 ドレスが決まると、それに合わせて、ティアラやネックレスを選んだ。

「そうだ。結婚指輪も用意しなきゃ。ダイヤモンドは何カラットのが欲しい?」

「それはアプリにないよ。転ゲーに任せよう」

 次に僕の服を選ぶ。

「僕はなにを着たいっていうのはないから、エリスが決めていいよ」

「燕尾服って、カッコいいよね。これなんかどう?」

「うん。着るのは僕じゃなくてイケメンアバターだから、まあ似合うんじゃない?」

 結婚式の服選びが、こんなに楽しいとは思わなかった。僕らはアバターに試着させて、それをいろんな角度から眺めては、ニヤニヤとした。

「準備はこのくらいかな。明日の結婚式、すごく楽しみ。私、今夜は寝られないかも」

「僕も楽しみだよ」

「優しい視聴者さんたちに恵まれて、良かったね」

「うん。僕らはその意味じゃあ、決して底辺Vチューバーじゃない。世界一幸せなVチューバーかも」

「世界一? ホントに?」

「本当さ。エリスと結婚式を挙げられるなんて、僕ほど幸せな男はいないよ」

 そう言ったとたん、エリスが抱きついてきた。

 僕たちは、エリスのベッドの上で重なった。

(エリス……)

 お互いの気持ちは、唇を求めていた。

 が。

 2人とも、こらえた。

 エリスのお父さんとお母さん。

 それに、いつもチャットしてくれる視聴者さんたち。

 ここでキスをすれば、その全員に嘘をつくことになる。

 その想いだけで、こらえた。

 エリスの身体は震えていた。

「ユメオ大好き」

「僕もだ、エリス。大好きだよ」

「ユメオの耳、齧っちゃいたい」

「いつか本当に結婚したら、齧ってもいいよ」

「ユメオに出会えて、生まれてきて良かった」

「それは僕のセリフだよ。エリスと同じ時代に生まれて良かった」

「奇跡だよね」

「奇跡さ」

「ユメオ、ずっと生きててね。死んだらダメよ」

「死なないさ。健康だもん」

「事故に遭っちゃダメよ。病気になってもダメ。災害に巻き込まれるのもダメだからね」

「まあ、約束はできないけど」

「約束して。ユメオが死んだら、私生きていけないもん」

 僕が死ぬのを想像したのか、エリスが啜り泣いた。

「わかった。約束する。エリスより先には絶対に死なない」

「良かった」

 なんの根拠もない約束なのに、エリスがホッとしたように言い、笑顔を見せた。

「じゃあ私も、死なないって約束する。お互いに、相手に求める条件はそれだけにしよ」

「いいね。死ななければ、なにも文句は言わない。でも最終的には、どっちかが先に死ぬよね」

「そのときだけは、文句を言おう。だけど、一緒に死ぬかもしれないよね。そんな気がする」

 そういう奇跡が、自分たちには起こるかもしれない。僕もそんな気がした。

 その日、帰るとき、お父さんとお母さんに挨拶すると、

「明日の式、楽しみにしてるよ」

 親としては複雑な気持ちかもしれないのに、そう言ってくれた。

「すみません。きちんと交際もしていないのに、先に結婚することになって」

「まさか転ゲーで、結婚式をやるとはなあ。開発した本人の僕も、そういう遊び方は考えもしなかった」

「パパ」

 エリスが腕組みをして、お父さんをにらんだ。

「明日は変なチャットをしないでね。もしまたナインティナインとか書き込んだら、マジで刺すから。わかった?」

「おお、怖え。ユメオくん。父親を脅迫するような不束(ふつつか)な娘だけど、どうか頼みます」

 お父さんが頭を下げると、エリスとお母さんが笑った。

 その笑い声を聞いて、僕はますます、この家族の一員になりたくなった。


あらすじ(第1〜3回配信のリンク有り)

第39回配信 交際0日で結婚?

第41回配信 いざ結婚式場へ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?