宇宙のコンビニ
『空飛ぶ金魚』
コイが空を飛べば鯉のぼりだが、キンギョが空を飛べば、『空とぶ金魚』になる。
この『空とぶ金魚』の特別なところは、自分が空を飛べるだけでなく、他の魚も空を飛べるようにできるところにある。
他の魚が空を飛びたいと願っているかどうかは、聞いてみなければわからない。が、海より広い空を飛べたなら、気分爽快かもしれない。
宇宙のコンビニに一人の少年がやって来た。手にパンのかけらを持ち、あちらこちらを見回している。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょう?」
私は宇宙のコンビニの店長。少年の目の高さに腰を落とし、尋ねた。「ぼく、鯉をもっと広いところに連れて行ってあげたいの。」
少年は、私をまっすぐ見て言った。
「鯉はどこに住んでいるのです?」
私が尋ねると、
「とっても小さな池。始め、小さな鯉をたくさん飼ってたの。それがどんどん、どんどん大きくなって、池にパンパンになっちゃったの。みんな、泳ぐたびに、頭や体をコッツンコするの。エサを食べるときなんて、池中、口だらけさ。そしてね、毎日、ぼくがエサのパンをあげるたび、『もっと広いところへ連れて行って。』って頼むの。それで、ぼく、お父さんとお母さんに『鯉を助けてあげて。』って頼んだけれど、二人とも忙しくって、できないんだって。だから、ぼく一人でやらなくちゃいけない。でも、やっぱり一人は難しい。お願い、ぼくを手伝って!」
少年は、きりり、と口を結び、真剣な眼差しで訴えた。
「こちらへどうぞ。あなたを助けるものが必ず見つかるでしょう。」
私は、少年を店の奥の池へ案内した。
「お母さんが、『大きな池へ近寄ってはいけません。』って言ってた。」
少年は、池の一歩手前で立ち止まった。
「そう、普通の池には近寄らない方がいい。でも、ここは店の中。つまり、この池の中も店、ということです。」
私がそう説明すると、
「そうか。それじゃあ、大丈夫ってことか。」
少年は、池に近寄り、ぽちゃん、と入って行った。
しばらく経ち、少年が、
「金魚を捕まえた!」
と、水から顔を出して叫んだ。じゃぼじゃぼと池から上がってきて、両手の平を開く。赤い金魚が、しっぽを揺らし、宙へ泳ぎ出してきた。
「これは、『空とぶ金魚』。水の中も泳げますが、空も泳げるのです。そして、自分と同じ水の中にいる他の魚も、空を泳げるようにできるのです。」
私が言うと、
「よかった! この金魚が、ぼくのところに来てくれたら、鯉は、自分で好きなところへ飛んで行ける。早く来て!」
少年が『空とぶ金魚』に手を伸ばした。
「お待ちください。代金を支払っていただかなければなりません。」
私が言うと、
「ぼく、何も持ってないんだ。」
少年は、手を引っ込め、ポケットの中を探った。
「あ、あった! これのことを忘れてた。」
少年がポケットから取り出したのは、金色の鍵だった。
「これ、ぼくが見つけたんだ。きっとね、宝の箱を開く鍵だよ。だって、ほら、ここにはまってる青い石、宝石だろう。どこかにこの鍵がぴったり合う宝の箱があって、宝物がぎっしりつまっているんだ。」
少年は、鍵を私に渡し、
「はい、あなたにあげる。これで、宝物を見つけたら、全部自分の物にしていいよ。」
少年は、気前よく言った。
私は、少年から鍵を受け取る。おそらく、少年の夢がぎっしりつまった宝箱だろう。
「ありがたくいただきます。」
私は少年に『空とぶ金魚』を渡した。
少年は、小さな池のそばに立ち、『空とぶ金魚』に、
「ほら、もう、泳ぐ場所もないだろう?」
と言った。『空とぶ金魚』は、ヒラヒラの尾ひれを揺すり、水の中へ入っていった。そして、鯉一匹ずつと挨拶し、池を一周すると、空へ飛び出した。それに続き、鯉が池から飛び出し、空をスイスイ泳ぎ出した。池の中では大きく見えた鯉も、空では小さく見える。
少年は言葉もなく見とれていた。鯉が空の高みに上っていくので、
「おーい、どこへ行くの? また、会える?」
と、手を振った。鯉がすっかり見えなくなるまで見送り、家の中に入った。
夜、少年は、鯉のことが気になって眠れない。起き出して、鯉が消えていった空の辺りを眺めると、天の川に、赤や金色や、白の星がチカチカ瞬いて、動いている。
「そうか、天の川に行ったのか。そりゃ、広いや。」
宇宙のコンビニの金魚が一緒だもんな、と、少年は、すっかり安心して、ベッドに入った。
(おわり)