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宇宙のコンビニ

『いかさまトランプ』

 どんなにトランプゲームの弱い人でも、ひとたびこの『いかさまトランプ』を手にしたら、あれよあれよ大勝利。いかさまをやっても、決して見破られることはない。
 こんなトランプを、君はほしくはないか? いかさまを考える度胸がないって? 心配ご無用。全てこの『いかさまトランプ』がうまくやってくれる。 
 人の大勢集まっている会場へ行き、「一勝負いかが?」と、声をかけるがいい。相手がのってきたら、もう君のものだ。

『いかさまトランプ』

 海賊だった老人は、長い顎髭を引きずり、宇宙のコンビニへやって来た。真一文字の口を開くなり、
「オレは勝負事に弱くてね。」
 と、始めた。
「大切なわしのかみさんに買ってやった土産物の首飾りを、海の獣じいさんとのトランプ勝負で負けて取られてしまった。かみさんは、首を長くして待っておる。このままでは家へ帰れん。」
 海の獣じいさんの噂は、私も知っている。他人の宝を奪うのが趣味。自分の思いのまま数字の変わるカードで、海をわたる旅人を騙す。
「良いものがありますよ。どうぞこちらへ。」
 私は店の奥にぽっかり口を開けた洞穴へ、老人を案内した。
「おお、あれか!?」
 一揃いのカードを、老人は手にした。
「代金は、ちょっと待ってくれ。」
「何で支払います?」
 ポケットのメモ帳を取り出す。これに書きつけると、必ず支払わなければならない運命に陥る。
「海の獣じいさんに聞いてみるさ。」
 老人は、口の端を歪めて笑った。
 
 老人は、海に小舟を一そう浮かべ、真珠を一粒、海へ落とした。そいつが海の獣じいさんを呼び出すエサなのだ。
 海の獣じいさんは、腹の空いたボラのように、真珠をわし掴み、波のまにまに現れた。
「一勝負やらんかね?」
 老人に先をこされ、ムッとした表情を浮かべたが、
「いいだろう。こい。」
 波が裂け、老人は坂道を転げるように底へ落ちた。
「さあ、何を賭ける?」
 海の獣じいさんは、じとじとと老人をねめつける。嫌な目付きだ。ナメクジのようにねちっこい。
「オレの心臓に吊るした金の鎖を。」
 海賊の老人は、ただ者ではない。
「いいだろう。が、おまえの命は海の藻屑と消えるぞ。いいのか?」
「消すつもりはない。」
「ふふふ、バカめが。」
 海の獣じいさんが、例のカードを取り出した。
「おっと、今日は、オレのカードでやろうや。」
「嫌なこった。わしはわしのカードでしかやらん。」
 海の獣じいさんは、ぞっとする目付きで睨む。
「では、二つのカードでやろう。」
『 いかさまトランプ』と海の獣じいさんのカードが混ぜられた。
 海の獣じいさんのカードには、じいさんの目がくっついていた。相手のカードを見通し、心の中の策略も全て見通す。
 『いかさまトランプ』も負けてはいない。しゅうしゅう、とまやかしの息を吹き掛ける。相手の目も頭も、あやふやにし、幻を見させるのだ。
 海の獣じいさんのカードが、いやらしい目で、老人の心臓の鎖を見る。その一瞬をついて、『いかさまトランプ』が、海の獣じいさんの最強のカードと入れ替わる。
「勝負だ!!」
 パッと互いのカードが開かれる。
「ぐうぅっ!」
 海の獣じいさんは、のどを詰まらせた。怒りに青黒く変色したしわくちゃの顔で、自分の指をガリガリ噛んだ。じいさんの指は、鋼鉄より固い。さすがの歯もボロボロ欠け、言葉が喋れなくなった。
「こいつは返してもらうぜ。」
 老人は、壁に無造作に掛けられていた首飾りを胸に、小舟に飛び乗ると、波に乗って急浮上した。
 海の上では、月が煌々と陸を照らし、浜辺へ導いていた。 
 
 その後ーー
 宇宙のコンビニの店長に、海の獣じいさんの小指が届けられた。
 強力なお守りになるという。
           (おわり)


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