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映画『戦雲』とNHKドキュメンタリー『下山事件』が放つ、微かな希望の光

映画『戦雲(いくさふむ)』を観ました。

<作品紹介>(映画の公式サイトより)

沖縄本島、与那国島、宮古島、石垣島、奄美大島――この美しい島々で、日米両政府の主導のもと急速な軍事要塞化が進行している。自衛隊ミサイル部隊の配備、弾薬庫の大増設、基地の地下化、そして全島民避難計画……。2022年には、「台湾有事」を想定した大規模な日米共同軍事演習「キーン・ソード23」と安保三文書の内容から、九州から南西諸島を主戦場とし、現地の人々の犠牲を事実上覚悟した防衛計画が露わになった。しかし、その真の恐ろしさを読み解き、報じるメディアはほとんどない。全国の空港・港湾の軍事拠点化・兵站基地化が進められていることをどれほどの日本人が知っているか。本当の「国防」とは何か。圧殺されるのは沖縄の声だけではない。

本作は2015年から8年かけ沖縄・南西諸島をめぐり取材を続けてきた映画作家でジャーナリストの三上智恵による渾身の最新レポートである。タイトルは、山里節子さんが「また戦雲(いくさふむ)が湧き出してくるよ、恐ろしくて眠れない」と歌う石垣島の抒情詩とぅばらーまの歌詞に由る。映画が映し出すのは、迫り来る戦争の脅威だけではない。過酷な歴史と豊かな自然に育まれた人々の暮らしや祭り――それらこそ、まやかしの「抑止力」の名のもとで今まさに蹂躙されようとしているかけがえのない何かであり、私たちの希望と祈りの源にほかならない。

映画『戦雲』チラシ


前作『沖縄スパイ戦史』を見たときに大きな衝撃を受けた、三上智恵監督の6年ぶりの新作。そこには現状に対する強い憤りと懸念と祈りとが込められていました。

2016年からの約7年の間に、沖縄本島の南西に位置する先島諸島では、次々と、なし崩し的に自衛隊の施設が作られました。
南西諸島を軍事要塞化する動きは、まさに戦後すぐの米軍による基地建設(広範囲にわたり、住民を収容施設に追いやっておいて、好き勝手に施工)「銃剣とブルドーザー」の再来。大きな違いは、相手が米軍ではなく、同胞たる自衛隊だということです。

宮古島で農業を営む中里成繁さんは、島民の生活の場が基地に囲まれている状況を、こう語る。
「月日が経つにつれ、戦争の準備だよねというのが分かってきて、どうするのという気持ち」
同島の楚南有香子さんが、反対を押し切って建設された弾薬庫の前で、重い問いかけを発する。
「多少の犠牲は仕方がないさというときの、多少の中に私たちが入ってるよね?」

経済的に潤うと信じて、自衛隊配備を受け入れた与那国島では、ある島民が
「(潤うどころか)疲弊していますよ」
と吐露。
長年カジキ漁を生業とする「川田のおじい」は、島の自衛隊施設について、「いい人もいるから。俺は反対はしてないの」
と発言していたかと思うと
「こんなに戦争するんだったら、ない方がいいみたいな感じもするわけさ」と複雑な心情をのぞかせ、気持ちは揺れ動く。

石垣島では、ミサイル基地の建設を阻止しようと、若者たちが中心になって住民投票を求める活動を行い、必要数を超える署名を集めたにも関わらず、石垣市議会は住民投票の実施を求める条例案を否決したうえ、市の自治基本条例から住民投票の条文を削除。自衛隊駐屯地の建設は強行された。
山里節子さんは島の自衛隊駐屯地入り口に陣取り、自衛隊員の
「車両が通ります。道を開けてください」
との呼びかけに
「道はいつでも開いてるよ。平和の道を塞いだのは、あんた達じゃない」
と、語気を荒げるでもなく訥々と語りかける。

これら南西諸島での強権的な軍事要塞化の進行、簡単に割り切れない島民の思いとともに、本作では、体を張ったカジキ漁や、一日も休めない酪農など日々の生業にいそしむ日々も描かれ、エイサーに、マストリャー、豊年祭、久部良ハーリーといった地域の伝統行事を楽しむ人々を活写しています。
とりわけ、伝統漁船を使った競漕に自衛隊員も参加し、島民と一体となって盛り上がる久部良ハーリーは、本作の見所の一つでした。このお祭りに参加していた自衛隊員のお子さんが「(与那国島が)だーい好き」と笑顔で言うシーンに、一つの希望を見る思いです。

希望と言えば、もう一つ。自衛隊施設の外側で、施設を偵察に来ていた島民たちが、フェンスの内側にいる自衛隊員に対して
「熱中症に気を付けて」
「戦争になったら逃げるんだよ」

と声をかけ、隊員も軽く頷いたように見えた、何だか素朴な場面が、とても印象に残りました。

この映画は、ソウル・ソングと言うべき即興的な抒情詩「とぅばらーま」を石垣島のおばあ、山里節子さんが歌う一節
「戦雲がまた湧き出ててくるよ 恐ろしくて眠れない」
に始まり、同じく山里節子さんの語る言葉
「歌っても祈っても叶わないかもしれないけど、歌でも祈りでもないと得られない平和というかね。それだけでは成り立たないけれど、それがなかったらもっと成り立たないんじゃないかというね」
で締め括られます。
そしてエンドロールで延々と流れる、本作を支援した個人・団体の名前。

心強く思いました。

損得、体面、しがらみ、
容赦なく「日常」を踏みにじり、分断する政軍産学複合体…
これらに屈することなく、未来世代のために出来ることをちゃんとしようと、あらためて心に誓っています。

私が本作を観た東京近郊の映画館では、7割位の入りだったでしょうか。
そこそこ関心は持たれていると思いますが、大きなうねりには至っていないのが実情かなと思います。

何しろ、国会にも諮らずに与党だけで決めた、「イギリス・イタリアと共同開発を進めている次期戦闘機について、第三国への輸出を容認する」という政府の方針に対し、世論調査(朝日新聞)でも「賛成」が40%、「反対」は45%と賛否がかなり拮抗しているような状況なのです。
仮にも(!)平和国家を標榜してきた、これまでの数十年の歩みを、この間地道に築いてきた草の根レベルの国際的な信頼を、一気に崩しかねない暴挙だというのに…。

昨日NHKで放送された『未解決事件』シリーズの最新作『下山事件』。
一部のドラマ、二部のドキュメンタリーとも、とても見応えがありました。
NHKのドキュメンタリー制作部門は本当に底力がありますね。6月か7月に放送予定の拡大版が待ち遠しいです。変な所からの圧力で潰されたりしないことを祈っています。
あの事件の真相の延長線上に、今の日本、歪な日米関係があるんだなあ…。


三上監督の映画とNHKのドキュメンタリーから放たれた希望の光。
心ある人々の手で育てていかなくては!

ということで、希望を強化してくれる春の花の写真を。

川の土手を埋め尽くす菜の花
明るい空色のネモフィラ
珍しい色合いのモクレン


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