5-4 本社機能シナジーの罠
「かたより」の罠
PMIの初期段階ではプロダクトや顧客のクロスセリングによる売上向上よりも、機能統合による費用削減の方がメリットを生み出しやすい。その中でも特に検討されやすいものが本社機能の統合によるシナジーであろう。M&A後も自律的に企業経営を任す形態の子会社化であったとしても、本社機能だけは統合することでメリットを享受しようという会社も多い。特にM&A慣れしている会社においては、本社統合パッケージが整っており、M&A後すぐに統合プロセスを着手できるようになっていることが普通である。それだけ再現性かつ即効性の高い統合プロセスであるが、このシナジーにおいても罠がある。それは「かたより」という罠である。
人への「かたより」
本社機能は特殊性が高い職務が多いため、特に中小企業の場合、入社以来その業務しかしたことが無いというような人も多い。まさに特定の人への業務の「かたより」がある。その分、属人性が強くなっているため、その人が居なくなってはその業務に関して誰もわからないということも良くある話だ。酷い場合には、長い間不正を働いており発注業者からキックバックなどをもらっていたなどもありうる。その意味ではM&Aをきっかけとしてそのあたりの不具合を解消できるのであるから良いタイミングと思えれば良いが、統合サイドとしてはまずは秘匿された業務を解きほぐしていかなければならないので負荷は大きい。
スキルへの「かたより」
次に、特定の人への「かたより」の延長にある課題だが、社員のスキルの「かたより」である。本社機能の統合を果たすことで人員の削減を目論んでいたが、当該業務に従事していた社員のスキルに「かたより」があるため、他に異動先が無いという状況に直面し、結果として人件費負担を抱えたままということもある。本社機能というのは、経営していくなかで無自覚的に人数が増長しやすい領域である。営業要員などは柔軟に異動させるものの、本社要員は「●●さんでなければ無理」と思い込み、同じ人に同じ職務を任せ続けることがある。そしてその人が増員を要望してきた結果、人数が増えていってしまうのである。さらには、その人たちがその職務に過剰適応してしまい、他のスキルや知見を手に入れるチャンスを失ってしまっている。日本のように解雇規制が厳しい国において、一つの職務に固着化させるというのは、その道でプロフェッショナルとしてステップアップしていくのであれば良いが、場合によってはキャリアの可能性を閉ざすことも頭に入れておきたい。
重要度の「かたより」
次に、重要度の「かたより」である。いざ本社機能を統合しようとしていたとしても、スムーズにいかないことも多々ある。各種本社機能においてもこれまでの慣例から重要視している部分に「かたより」がある。例えば、利益重視の会計ルールなのか、売上重視の会計ルールなのかなどによって報告内容や諸々のルールの設計思想が変わってくる。人事制度においても新卒採用重視なのか、中途採用を積極活用するのかなどによってもこれまでの人員計画からの変更を余儀なくされる。細かいところで言えば、顧客との契約においても成功報酬や返金規定などにおいても全額返金を前提とするのかどうかなどは、これまでのビジネスヒストリーに裏打ちされたものがある。重要度の「かたより」をどのようにバランスを取っていくのかは腕の見せ所となる。
情報の「かたより」
最後に、情報の「かたより」である。まずもって本社には多くの情報が存在するが、会社によっては情報が散在していることも良くある話だ。売却された会社において、会計情報、システムデータ、個人関連の情報、社内広報資料など、本来であれば一元管理して年度毎に整理してあるような情報が、商品、エリア、年次によって情報があったりなかったり、またその形式も紙とデータでバラバラになって存在しているために統合がスムーズに進まなくなってしまうのである。特にシステム統合などを進めていく時に、これらの情報のかたよりが大きな障害になることもある。これらは力業で何とかなることも多いが、統合プロセスにおいてあらかじめ覚悟しておかなければならない障壁のひとつであろう。
最後に
本部シナジーには以上のように「かたより」による弊害があるが、経営においては再現性と効率性を高めるために「かたより」を極力なくすことは鉄則であり、M&Aをきっかけにして買収サイドも売却サイドも両社が本社の在り方を平準化できるチャンスでもあるとも考えられる。本社には普段はあまり日の当たらない機能も多いが、経営推進において本社が円滑かつ効果的に活動することは企業発展の必要条件である。PMIプロセスは、特に本社機能を人材レベルや業務レベルの双方をレベルアップさせる貴重な場であり、ぜひとも積極的に活用していきたい。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?