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『夢七夜』

第一夜
こんな夢をみた。親友の夢。親友は、よく空を仰ぐ人だった。この空に彼が何を見ているのか、私にはわからなかった。
「何もないんだ。この空にも、この地上にも」
彼は微笑んで、そう答えた。彼の訃報が届いたのは、その翌日。私はおぼつかない足取りで街を歩き、空を仰いだ。


第二夜
こんな夢をみた。僕が彼に告白をする夢。この一本を吸い終われば、僕は彼に告白をする。ゆらゆらと頼りない煙が、薄暗い闇の中へ吸い込まれていく。煙草が短くなるにつれ、手の震えが大きくなる。いつのまにか、灰が指の近くにまで迫ってきていた。この指と灰が、僕と彼との距離なら、火傷したってかまわない。本気でそう思えた。


第三夜
こんな夢をみた。トイレに行く夢。男子トイレの小便器に
「一歩前へ」
と書かれてあった。私は、その言葉に感銘を受けた。職場での人間関係に悩みを抱え、いつまでも前に進めない自分に嫌気が差していた私は、この言葉を見て目から鱗が落ちた。
「一歩前へ」
なんだ、こんなに簡単なことだったんだ。この言葉に背中を押された私は、勤めていた会社を辞めた。ところが、新しい職場の環境は、前の職場とは比べものにならないほど過酷なものだった。絶望した私は今、駅のホームでこの言葉を思い出す。
「一歩前へ」 


第四夜
こんな夢をみた。帰り道の夢。私はスーパーに立ち寄り、キャベツ売り場で足を止めた。売れ残っていたキャベツは二つ。綺麗なキャベツと、汚いキャベツ。私はなぜか汚いキャベツに惹かれ、買った。その葉を一枚剥くと、醜い外見からは想像もつかないほど綺麗な葉が姿を現した。その葉を見た時、私の目には涙が滲んでいた。


第五夜
こんな夢をみた。ラーメン屋に行く夢。
「おかわりで、ひとたま追加」
僕は店主に注文した。その味に満足して、お腹を満たした僕は、軽やかな足取りで夜道を歩いた。すると僕の目の前に突然、見知らぬ女が現れた。青白い顔をしたその女からは、生気がまったく感じられない。僕は直感した。この女は、この世のものではない。そして、女が口を開いた。
「魂を……返せ!」 


第六夜
こんな夢をみた。ケンタ君の夢。幼い時の写真を眺めていた僕は、よく遊んでいたケンタ君のことを思い出していた。友達が少ない僕の話し相手になってくれたケンタ君。今はケンタ君、なにをしているのかな。気になった僕は、母にケンタ君のことを訪ねてみた。
「ケンタ君? あんた小さい時、あの人形を大切にしていたわよねえ」


第七夜
こんな夢をみた。彼女の夢。華奢な指。しなやかな指さばき。彼女から出る音色はいつも穏やかで張りがあり、聴く者すべてを魅了する。彼女は音を奏でる天才だった。ところがある日、彼女の指が動かなくなってしまった。僕は悲嘆に暮れた。僕は、壊れたピアノ。僕の体からはもう、音が出ることはない。

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