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粒≪りゅう≫  第十九話[全二十話]

第十九話


 その日、粒は星加に、誕生日の前祝いをしてもらったりしていて、帰りが遅くなってしまったため、あんには、ちょっと心配をかけてしまった。

 それでも、興奮冷めやらぬ粒が、帰るなり、星加とのやり取りを大まかに説明すると、そんな事があったのかと驚き、なるほど、と納得し、これまで母親が、星加を心の支えにしてきた事をよく理解している、あんも、それはそれは興奮して、

「すごいすごい!よかったね、お母さん!うわー、なんかドラマとか映画の中の世界みたい!」
「星加さんは、お母さんの運命の人だったんだね。」

と、ものすごく、喜んだ。
 
 それから、節分行事をと、ふたりで豆を食べた。
粒は、粒にとっては二度目の『年の数の豆』を食べながら、

「そういえば、星加さんね、28歳だって。」

と、あんに、打ち明けた。すると、あんは、

「え、そうなの!!そうか、歳の差20かぁー。ますますロマンチックだね!なんせ、遺伝子レベルでピピッときたんだもんね!」
「・・・この先私にも、そういう人との出逢い、あったりするのかなぁ~」

と、うっとりとした表情でくうを見た。

 

 粒はめでたく、48歳を迎えた。人生で初めて,【福豆】での誕生日の前祝いを、最愛の人にとりおこなってもらって。
 
 
 歳をとる、というけれど、歳は得るのだと、粒は思う。自分自身を生かしていくための、新しい舞台をもらった気分だ。その舞台は、これまで粒が培って得てきたものが、土台になって出来ている。
 ひとりひとりが、それぞれに、その人が培ってきた土台のうえに今を生きている。

 

 この世界は、不思議に満ちている、と粒は思う。
自分の体にしても、図鑑などを見たりして、何となく構造は分かっても、やはり、『生きている』ということが、不思議で神秘的でたまらない。
 
 どうして、心臓は絶え間なく動いてくれているのか?どうして、こんなふうに立っていられるのか?どうしてこんなふうに、感情が湧いてくるのか?考える、感じる、思い、の違いって・・・星加を身体中で感じたのはなぜなのか・・・。
 
 そして、粒は魂のような存在を、何となく信じているのだが、思いを巡らすと、不思議で楽しい気持ちになってくる。
そのような存在があるとしたら、自分は今は、自分だけれど、自分の前は、今の自分ではない、自分だったのだ。
 自分のもともとのその存在が誕生して、存在し始め、その存在が今の自分になって現在48歳だが、全部合わせると、自分の魂は一体いくつになっているのだろうか・・・
 魂は、ひとつひとつ、別々に誕生したのだろうか・・・それとも、全て一斉に誕生したのだろうか・・・もし全ての魂が一斉に誕生したのだとすると、星加と自分は、実は同い年ということになるのではないだろうか、等と考えると、楽しい。

 粒は初対面の人の、年齢を当てるのが苦手で、「私、いくつに見える?」などと聞かれると、困ってしまう。何かの事件が起きて、証言するとしても、自分の目撃証言は、きっと役に立たないだろうと思っている。
 そして、時々、実際に聞いた年齢よりも遥かに若かったり、年配に見えたりする人がいるが、それは、ひょっとして、その人の魂の年齢が影響しているのかも・・・などとも考えてしまう。
 
 それで行き着くところは、歳は人それぞれがその人なりに得ていくもので、目安としての仮数値、のようなものなのかもなぁというところなのだった。
 そういう粒の勝手な持論に基づき、粒は星加との年齢差は、一切気にしない事にした。というか、思えば最初から、粒の中で星加は“若い人”という認識で終わっていて、何歳なのか知ろうともしなかったし、気にもならなかった。

 星加という存在そのものが全てで、後は、どうでもよかったのだ。粒の、自分勝手な思いなのではあるのだけれども。ただ、傍にいてくれるだけで満たされる、大切な存在。その存在に出逢えただけで、もう何も注文をつける事などなくて、もっとこうなら良かったなんて思うところなど、粒には、何もないのだった。


 粒と星加は、映画を観たり、ミュージカルや演劇等の鑑賞をしたり、コンサートに行ったり、美術館や博物館に行ったり・・・と、その時々に興味を持った所に、足の向くまま気の向くまま、ふたりで出掛けて行く。
そして、それぞれの、ひとりの時間も大切にする。
 
 でも、何といっても至福の時間は、ひとところで、各々が本を読んだり、自然の中に身を置き、何をするでもなく静かに過ごしている時だ。
そう、さやさやと葉の囁く音、心地よく通り過ぎてゆく風、鳥のさえずり、土や草や花や木や、様々なものの聖なる匂い。それら全てが、ふたりの身体の中に、優しくしみ込んでくる。

「星加さんの匂いは、何処からくるのかなぁ。クンクン・・・」

星加の匂いは、次元を超えてきているみたいに、匂いの出所がわからない。身体から、ではあるのだけれども、皮膚から、という訳でもなく、内部からという訳でもないようで、粒は、とても不思議に思う。他の人にも認識出来るものなのか?でも他の人には、認識されて欲しくない。認識出来るのは、自分だけの方がいい。

「クンクン…クンクン・・・」

特にクンクンとしなくても、存在と共にそこにあるのだけれど、粒は、敢えてそうしたくなる。これは、甘えなのだろうか・・・。
これまで自分は、甘えるという分野に入る行為をしたことがなかった。
性質的にも、環境的にも、出来なかったし、しようともしたいとも思わなかった。
だけれど、今、粒は、自分の気持ちに正直に素直に、感じ、行動出来ているような気がする。

“だって、私はいま、そうしたくてしている。星加さんに、頬寄せたくてしている。以前の私らしくないことを、自然体でしている。私を生存させてくれているもの達が、どんどん新しく生まれ変わっている”

「私、なんだか、自分で自分の変化というか、成長を感じるんです。頭の中?というか・・・考え方とか思い方とか、あと、身体中の。」
「人って、いつまでも成長し続けるのかな~と。」
「となると、歳を得ていって、しわしわになることだって、生き続けていないとそうなれないから、それはそれで、成長するってことにはならないですか?ピンピンの肌が、しわしわに成長した!なんて。ちょっと違うか・・・」

ぺろっと舌を出し、粒は、星加の顔をうかがう。

「きっと粒さんは、いつまでも生き生きと、成長されていくと思いますよ。どんな事にも興味を持って、果敢に挑む。そういう粒さんだから。」

星加は、携帯の画面にタタタタタ・・・と文字を打ち込んで、

「ほら、【成長】とは、というところにこうあります。『(前の文章略)個体がその発生から死に至る過程で、もっともよく発達した形へとその姿を変える間の変化をさす』って。『もっともよく発達した形』というのを、どう受け止めるかで変わってくるとは思いますが、粒さんを見ていると、今日が、いや今が人生で一番いい時って感じるんです。」
「ということは、粒さんは、日々、刻一刻と『もっともよく発達した形へとその姿を変えている』んですよ。だから、ずっと成長し続けているんです。これからもずっと成長し続けていかれますよ、きっと。」

そう言うと、星加は、ぎゅうううううっと粒を抱きしめた。


“いいにおいだ”すごく安心する。私のつぶつぶが、全細胞が、それよりももっと小さいもの達が、喜んでいる。幸せを感じている“

粒は、幸せいっぱいに星加を吸い込む。

『猫吸い』ならぬ『星加吸い』だ。



第二十話【最終話】につづく


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