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小説 さいかい 1章-2

序章 〜願い

 これを読んでくれた方にお願いする.私の大切な人,そしてその他の人を解き放ってあげてほしい.私にはできなかったが,得られた物語を君に託す.
 端的に言ってしまえばこの場所は人をさらう.竹葉山とはそういう場所なのだ.


 あまりにも衝撃的な内容だったので,一瞬だけ思考が止まった.
 詰草さんも隼人と同じ境遇だったのだ.
 この事実に隼人の中で妹の存在がどんどん確かなものに変わっていく.
目次を見てみると1章は雨乞い巫女,2章は血が乾いた獣,3章は呪いの儀式.そして4章は妹について示されていた.「血」と「呪い」だけでこれはヤバイというのがわかる.

 「どこまで読んだ?」
 先生が戻ってきた.さっき言っていたやるべきことを終わらせたらしい.
 「今,序章を読み終えたところです」
 「そうか,個人的には3章が結構すごかったな.隣で作業しているから,何か聞きたいことがあったら聞いて」
 そう言って,先生は自分の作業に戻っていった.

 3章までを読み終わり,少し休憩することにした.今のところわかったのは,詰草さんが失ったのは自分と同じ妹らしいく,自分以外の仲間は妹のことを覚えておらず,自分には妹が居たという確信と毎晩の夢だけが残っている自分と似通った状態だったということである.
 この本に特に詳しく書かれているのは雨乞い巫女と,血が乾いた獣,そして呪いの儀式の3つの話だった.
 雨乞い巫女は竹馬山に住む巫女が自分を生贄にして雨を降らそうとして竹馬山へ入り,行方不明になった昔話.
 血が乾いた獣は山の麓にある芋瀬村という名前の住民が母親の病気が治ることを祈りに山へ入る.そして,山で遭難した結果,熊や狼が合わさったような恐ろしい獣に襲われ腕を食いちぎられる事件.
 呪いの儀式は軽米村という村の男の家に悲惨な殺され方をされた近隣の子どもたちの遺体が呪文のように使われ,転がっていたというものだった.しかも遺体があった家の男は山の中で死体で発見されていて,芋瀬村の青年が行方不明になった事件である.
 せっかく本を読み終えて,たくさんの可能性がうまれたのに,気分はどんどん落ち込んでいく.

 「読み終わったか.結構重い話が多かっただろ?」
 先生に心配された.
 「はい,ちょっときつかったです」
 先生の言うように後半に行くにつれ話はどんどん悲しいものになっていて,こんな呪いのような場所が妹を攫ったと考えるだけで苦しい.
 「この本以外にも竹馬山の話はあるんですか?」
 「俺も調べては見たんだけどあまり見ないな.まぁ,そもそも一つの山だけで本が一冊あるほうがおかしいからな」
 先生の話に少し納得してしまった.
 確かに今まで読んできた本でも日本の伝承とか,県内の民謡みたいなものがほとんどだった.一つの山だけで1冊分の本があるのはすごくめずらしい,と思う.
 「逆に言ってしまえば,あの山にはそれだけの何かがあるってことなんだろう」
 「なにかがあるって言っても,時期もそれぞれ離れてるし,場所もたまたま竹馬山に近かっただけの可能性もありませんか?」
 もし妹が本当に竹葉山の影響なら妹が呪いを受けるに値する何かをしでかしたのではないかと勘ぐってしまう.

 だから偶然を信じたかった.
 それを否定したかった.

 「その可能性もゼロではないけど.それよりも,それぞれの話で何かしら登場人物が山で遭難してただろ?だから,俺はむしろ山の何処かになにかがあるっていう著者の話に同意だな」
 先生の話を聞けば聞くほど納得するしかなかった.
 竹馬山へ行かなければならないと同時に行きたくないという気持ちもどんどん強まっていく.
 「そうだ!せっかくだから竹馬山行ってみるか?」
 何を思ったのか,突然先生が話を持ちかけてきた.
 「ありがたいんですが,遠慮します」
 さすがにそこまでしてもらう理由が見つからない.それにお節介がすぎる気がした.
 「そうか?でもちょっと遠いだろ,バスの本数も少ないし,写真も古いから場所わからないだろ?」
 たしかに先生が言ったみたいに本の写真は白黒で見えづらく,さらには去年の山崩れもあったため,山にある何かを見つけるのは難しい.
 「安心しろ,俺もお前みたいに何があるのか知りたいんだよ.それに人も多いほうがいいだろ?」
 「わかりました.じゃあ今度連れて行ってください」
先生に根負けして仕方なく同行してもらうことにした.
 「いつにする?明日とかでも全然いいぞ」
 「わかりました.じゃあ,明日でお願いします」
 先生と二人きりは億劫なので早めに終わらせたほうがよさそうと思う.
 「今日の帰りもバスか?それなら車で送っていくぞ?」
 「いえ,親に迎えに来てもらうので大丈夫です.もうすぐ迎えの時間なので,残りの章読み切ります」
 そう言って,本の続きを読むことにした.

 昨日の夜,少し雨が降ったせいか,足元が少しぬかるんでいた.現在は少しどんよりと雲がただよっていて,その雲がかぶさるように竹馬山はそこにあった.
 竹馬山は昔話の村と同じ名前の芋瀬山と軽米山の2つの総称であり,どちらかというと妹背山のほうがサイズは小さい.
 どちらの山にもロープウェイと登山道が整備されているので比較的,山を登るのは苦労しなさそうだ.
 「本にあった写真だと南側だったよな.芋瀬と軽米どっちを探す?」
 先生が声をかけてきた.先生が言ったみたいに写真では広い範囲しか写っていなかったので,芋瀬か軽米どっちにあるのかもわからない.
 でも,僕に聞いてどうするんだ,とも思う.
 「あの本だと雨乞い巫女の場所は分からなくて,地が乾いた獣が芋瀬,呪いの儀式が軽米でしたよね?」
 どれもきれいに別れていて,確実な場所は特定できなさそうだ.
 「でも,作者の話だと呪いの儀式で行方不明なのは芋瀬の村人だったよな?
 「ってことは芋瀬のほうが可能性は高いかもな」
 先生の話に従い芋瀬の方を探すことにするが,芋瀬の中だけでも十分広く,骨が折れそうだ.
 「芋瀬の中で探すとすると,血が乾いた獣で祈りに言ってたところの近くが怪しいですね」
 「そうだな.昨日調べた感じだと,昔は芋瀬の山頂あたりに神社があったみたいだぞ」

 そいえば昨日,先生が調べていた本は郷土資料だった.
 「まさか,昨日やろうと思った仕事って,このためなんですか?」
 「そうだけど?」
 どこまで先を見越してるんだか分からず,先生のことが少し怖くなる.それでも,自分を思ってくれたことには変わりないので,忘れることにする.
 「えーっと,なんだか自分のためにすいません」
 「君のため,だけじゃないさ」
 先生はつぶやいた.
 きっと,自分が調べたかったというのもあると思う.それよりも,前から少し感じていたがこの人は口調がころころ変わることが多い.というよりも性格がいまいち掴みきれない.そう感じた.
 「そうですか,とりあえず芋瀬のロープウェイにいきましょう」
 時間もそこまで余裕があるわけではないので,芋瀬山山頂に向かうことにする。
 「すまない.俺は他に行くべきところがあるから先に行っていてくれ」
 どんどん先生の口調が堅苦しくなっていく.
 「わかりました」
 それでも特に指摘する必要もないので先生を置いて歩き出した.
 「みつ…す…」
 後ろで先生が何か言った気がしたけど,よく聞こえなかった.
 「なにか言いましたか?」
 振り返ると,先生は既に,軽米山ロープウェイの方へ歩きだしていた.
 大したことではなかったのだろう,と思ったので,来にせず芋瀬山ロープウェイの方へ歩みを進めた.


 ロープウェイを降りると,目の前に大きく「芋瀬レストラン」と書かれた看板が飾られているフードコートが並んでいた.昔ここに神社があったとはとても思えない.
 この芋瀬山の登山道は全部で2つあり,それぞれ美月コースと鳳月コースがある.この2つの内,山の南側にあるのが鳳月コースである.
 鳳月コースは他と比べ難易度が高いコースになっていて,去年の山崩れで最近まで登山道として使われていなかった.おそらく,この鳳月コースが最も怪しい.
 登山道を降りていくと,頭に水滴がぶつかった.どうやら少し雨がパラついて来たみたいだ.けれども,たまに登山客の人とすれ違うので,すぐ止むのだろう,と思った.  
 普通に考えてこんな場所に探している何かがあるとは思えない.それでも妹に会いたいと願いながら隼人は歩みを進めた.

 気づくと時間は昼を過ぎており,雨足がだんだん強くなってきた.マップを確認してみると登山道中腹まで来てしまったようだ.
 その時,耳を裂くように大きな音を立てて雷がなった.さすがに山の天気を舐めすぎていたみたいだ.雨宿りできそうな休憩場所は見当たらない.仕方がなく,登山道を少しそれて雨宿りできそうな場所を探した.
 少しすると,たくさんの木々が取り囲むようにできている獣道を見つけた.たまたまとはいえ,こんな道を見つけてしまったせいで,もしかしたら,この先に何かあるのかも,と思ってしまう.
  
 その気持に負けて遭難の危険すらも考えずに入り込んでしまった.
 獣道の入口は大の大人がかがんでようやく入れるくらいの大きさだった.しかし,少しずつその幅が広がっていき,ついには一つの車道くらいになっていく.
 足元を見るとさっきの雨のせいか,ひどくぬかるんでいて,歩くたびにぐちゃりと音がなる.その光景が妙に夢に似ていて,鼓動が早まるのを感じた.

―ここかもしれない.

 そんなひらめきが隼人の中で凝固する.
 先をみても暗がりが広がっていて,しばらく歩いていたのに,全く先に勧めている気がしない.いつここから出られるかも,そもそも自分が帰れるかわからないけど,名前も,顔も知らない妹会いたいと強く願う.
 すると突然,目の前に光りが指し始めた.
 その光に向かってまっすぐ進むと,先程まで歩いていた地面は固く凝固し,クローバーが生い茂りはじめ,光はどんどん強く広がっていった.

―出口だ.

 そう思って,走り出し,草木をかき分けると,目の前にはクローバーの草原が広がっていた.
 きれいな光景に一瞬だけ心を奪われたけど,冷静になって後ろを振り返る.すると,今まで歩いてきたはずの道は消え去って,代わりにに神社の前にあるような大きな扉が閉まった状態で立ちふさがっている.

―これは夢なのかな.

あまりの出来事に完全に放心状態になっていた.

「来てしまったのね」
うしろから声が聞こえた.

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