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「個の経営」と「全体の経営」

「個の経営」とは、つねに社員の自主性を期待する、社員に対する画一的・全体主義的・権威主義的な人事管理は行わない、「個を尊重」した経営です。

「個の経営」に反するものが「全体の経営」です。「全体の経営」とはカリスマ経営、ワンマン経営ともいわれ、行き着く先は「独裁者」による全体主義経営です。

カリスマ経営はワンマン経営になりがちです。カリスマ経営者はなにがしかの優れた能力、人を引き付ける魅力を持ち、結果を出す経営者のことです。

創業者はカリスマ経営者です。周りはカリスマ経営者のすべてにおいて依存します。出店や新業態開発、商品開発だけでなく、社員一人ひとりの昇給から賞与までカリスマ経営者の指示を仰ぎます。

権力が集中し、社員の生殺与奪の権を持つと周りはイエスマンばかりになります。権限を委譲できる社員が育たず、一人で決めざるざるを得ません。また、一人で決めることの方が楽なのです。すべて一人で決めて、歯向かう者を切り捨てます。

二世なら創業者が亡くなり、サラリーマン経営者ならライバルがいなくなるか、強力な後ろ盾を得ると、ワンマン経営者になる場合があります。

「全体の経営」とは、カリスマ経営者やワンマン経営者が強い権力を持ち、単独で経営判断を行う経営スタイルで、個人は組織の規則やルールに服従し、自らやりたいこと、言いたいことを抑え込み、「個」を埋没させていきます。

経営者がカリスマ経営者、ワンマン経営者であると、経営者の存在そのもの、考え方そのものに反対することが許されません。経営者に“ノー”を言うときは、社員は会社を辞める時なのです。

意思決定が早くうまく行っているときはいいのですが、社員がイエスマンになり、カリスマの暴走を止めることができなくなります。また、ナンバー2も後継者も育たなくなります。組織も硬直化し、環境の変化についていけなくなります。

「全体の経営」を排し、「個の経営」に転換するのはどうすればよいでしょうか。経営者がカリスマを目指すのではなく、社員(=個)からカリスマを創り出すのです。経営者の仕事は、社員からカリスマを作る「仕組み」を作ることなのです。創業時は起業家が「暴れ馬」で、「暴れ馬」をサラブレッドにするのがプロ経営者である「グレイヘア」です。今度は、経営者が「グレイヘア」になって、社員を「暴れ馬」をサラブレッドに育てるのです。
「個の経営」を「仕組み」化する第一歩は、「個を尊重」です。
リクルートの経営理念には、「個の尊重」が掲げられています。内容は次の通りです。

「すべては好奇心から始まる。一人ひとりの好奇心が、抑えられない情熱を生み、その違いが価値を創る。すべての偉業は、個人の突拍子もないアイデアと、データや事実が結び付いたときに始まるのだ。私たちは、情熱に投資する。」

リクルートは、創業4年目の1964年(昭和39年)、初の新卒採用を実施します。当時はまだ小さな無名の会社です。江副浩正は、人材の募集要件で他社との差別化を図ります。その募集要件とは、①学歴、男女、国籍不問、②初任給は大企業と比べて130%でした。

その後1965年(昭和40年)には、1,500名余の応募があり、その約8割が女性でした。経済的事情で進学できない人、交通遺児、元・甲子園球児など様々な背景や考え方、強みを持つ人材が集いました。彼らが一致団結したとき、核融合にも勝るとも劣らないエネルギーが発生したのです。

「一人ひとりの違い」が競争力を生むことを江副氏らは確信したのです。

多様性のある人材を採用する。その個人が「自律」して動くこと。そうした個人が「チーム」として集い、一人ひとりの弱みではなく“強み“や”らしさ”を生かし合うような関係性をつくること。そして変化の激しい環境の中で非連続的な「進化」を続けていくこと。それが「個の尊重」です。

大西康之著「企業の天才」によれば、「個の尊重」を実現するため、1972年(昭和47年)5月、鹿児島県志布志市に有限会社「リクルートファーム」が設立されました。ファームの職員を募ると、16人の応募があり、この中から3組の夫婦が専従員として乗り込みます。彼らは水を引き、荒れ地を耕して、イモやカボチャの種を植えます。牧舎を立てて牛を飼い、ビーフシチューやコーンスープの缶詰まで作りました。最初に飼った牛は、江副氏の妻・碧(みどり)の名前を取り、「みどり号」と名付けられます。独身の社員を逗子の家に呼んでご飯を食べさせていた碧は社員に人気がありました。

ファームが開園するとまず新入社員が送り込まれ、農作業や牛の世話をしながら夜はキャンプファイアーを囲みます。夏には一般社員50人が参加する「ワークキャンプ」が開かれます。創業メンバーの大沢武志氏が「村長」、社員が「村民」になり、極暑の中で開墾作業に汗を流します。都会のオフィスでは交流のない様々な部署の社員が同じ釜のメシを食い、焚火を囲んで酒を飲みかわす中で、独自の社風が醸成されていくのです。

「へえ、君のところはそんな仕事してるんだ」「一緒にやれることがあるかもしれないね」彼らは気軽に内線番号を教え合い、東京の戻ると頻繁に連絡を取るようになります。「今ちょっと、こういう問題で困っているんだ」「それなら、ウチの取引先に聞いてみるよ」。創業直後の「大学広告」のころは、役割分担も漠然としていて、誰かが忙しそうにしていれば、隣の社員が当然のように手伝いました。当時のリクルートは、500人に迫る大所帯です。組織は細分化され、隣の部署に誰がいて、何をやっているのかわからない状態だったのです。

しかし、ワークキャンプから帰ってきた社員は、組織の壁を超え、知恵を出し合って課題を解決し始めたのです。

「個を尊重」すれば、社員は自律的に行動するようになり、部門の壁を越えて、課題解決をするのです。「個の経営」は「個の尊重」から始まるのです。

「個の経営」で重要な役割を演じるのがスーパーマーケットでは、「店長」です。店長は「ミニ経営者」として「個の尊重」を実践します。店長には、採用や人員配置を含めた「大幅な裁量権」が与えられます。部門の垣根を超えたイベントを頻繁に行い、社員の別の顔、隠れた才能を発見します。「ハレ文化」です。業績を上げた社員や結果を出した社員には、全員で喜びを共有します。「垂れ幕文化」です。

社員にも、「お客が喜ぶことであれば、上司の決裁を得ずとも何をしてもよい」という裁量が与えられます。接客のカリスマ、販売のレジェンドが次々と誕生します。

それが、社員のやる気を引き出し、新しいことにどんどん挑戦する土壌を築きます。新しいことをすれば、新しいお客を引き寄せます。そのお客がその商品や接客に感動すれば、必ずリピーターになってくれます。リピーターが増えることによって、結果として、数値効果が高まるのです。

社員の仕事はお客の不安、不満など“不”の解消です。売場に立ち、超能力者になって「以心伝心」お客の心を読み、「利他の心」でお店の都合よりお客の都合を優先した行動をするのです。

我々が目指すのも、「全体の経営」ではなく「個の経営」です。「個の経営」では、「個」がカリスマ、レジェンドになります。社員一人ひとりが、「圧倒的当事者意識」を持ち、「自律」して動くこと。そして「個=カリスマ」がチームとして集い、「個=カリスマ」の「強み」「らしさ」を活かし合う関係を作ること。知恵を出し合って非連続的な「進化」を続けることです。

「個=カリスマ」を育成する店長はまさに「ミニ経営者」なのです。


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