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読書感想文+朗読『カルメン』

はじめに

原文は青空文庫より。5分ほどで読める文量なので、未読の方もご興味があれば是非。

原作→感想文→朗読→朗読後記 の順がおすすめです。
朗読→感想文 でも問題ありません。
もちろん、朗読は聴かなくても構いません。

お節介

オペラ『カルメン』の前知識があったほうが楽しめる作品のため、オペラのあらすじを短く書いておきます。

恋多き女ジプシーのカルメンに、ホセという男が恋をして結ばれる。しかし、移り気なカルメンのため紆余曲折あり、最終的に袖にされたホセがカルメンを殺してしまうところで終劇。


感想文

 本作『カルメン』は短い物語だ。短いながらも登場人物達の立場や身分や心情の対比を、皮肉を込めてテンポよく表現されている作品だ。

 人間の情とは実に不可解である。
 オペラ『カルメン』において、愛ゆえにカルメンを殺してしまうホセもいれば、本作の「あの人」のように自殺を選ぶということもある。また、その原因となったイイナは無情な人物であるように描写され、主人公も当初はそのように感じ取る。が、結末はご覧の通りだ。


 主人公の記憶の中のイイナが「あの人」についてどう感じていたかは解釈が分かれるのかもしれないが、私個人としてはあの時点でもイイナには強い情があったと考えている。今の旦那のアメリカ人よりも、である。というのは、イイナのT君に対しての言葉から、そう読み取れるからだ。
 「あの人」は愛する人と絶対に結婚は出来ないと断言している。これはつまり、「あの人」のイイナへの愛情をイイナは十分に理解していたということになる。また、イイナがこの時点で「あの人」が自殺することを想定していたかは定かではないが、仮に自殺していなかったとしても、今後の人生においてイイナ以上に愛する人とめぐりあう事は無いと断言していることになるのだ。
 私には、この言葉がイイナの自惚れというものでは説明しきれない、強い情が二人の中にあったのだと思わずにはいられない。そこには、パトロンと呼ばれる関係だけではない「純粋な愛」があったのだと思う。

 この考えを補強するのが、印象に残っていない「あの人」について、主人公の唯一の記憶として書かれた一文だ。
 胸に挿さったセキチクの花。バラでもなくアカシアでもなくナデシコでもなく、それはセキチクであったのだ。
 その花は、オペラでカルメンがホセに投げつけたようにイイナが男に渡したものか、男が自分で挿したのか(それは、当て付けとも純愛とも解釈出来るわけだが)。あるいは、主人公が感じた二人の情によって、オペラのシーンと重なり花があるように感じてしまっただけか。
 いずれにせよ、セリフを与えられていないこの男の心情を、セキチクの花の切れ目の浅い花弁が代弁している。本文には色の描写はないが、きっとそれは情の色付くピンクの花だったのだろう。


 ラストシーンでは、生にしがみつくようにもがく黄金虫と、それを酒ごと簡単に捨てるT君や給仕とのアイロニーも小気味よく、レストランの隅で様々な立場とそれに伴う情が渦巻くのを感じ取れる。そしてもちろん興奮していた二人には、激しい情動を踊るイイナの姿が浮かんでいたに違いない。それもまた、人間の情がゆえに引き起こされるのだろう。だからこそ面白いのだろう。

 人間の情とは実に不可解である。


朗読後記

 芥川龍之介の作品の多くは、本文最後に括弧書きで日付が書いてある。『蜘蛛の糸』『羅生門』などにもだ。
 まず、これを読むか読まないかでも意味合いが変わってくる。しかし、朗読のルール上、書かれている文字は読まなければいけないので、これを読む。とすると、これをどう解釈し、聞き手に違和感を与えないか、と思案が必要になった。

 幸いなことにこの『カルメン』においては、冒頭に(ロシア)革命前後かどうかを思い返す場面がある。また、地の文がすべて主観によるものであることから、この作品は「作者の記憶をもとにした手記(風創作)」と解釈できる。これにより、日付の違和感は払拭されるためそのまま読める。

 と、このように考えると、作中の他者の会話部分は、作者の頭の中で取捨選択の篩にかけられたエッセンスであることが想像できる。言い換えると、記憶に残っているほど感動したか、物語を構成するのに必須な会話ということだ。それを表現するため、会話部分は話者の心情表現にこだわった。
(その結果、一部の会話では約物(句読点や疑問符などの記号)を無視した読みにした。書かれている文字は読まなくてはいけないが、そうでないものは必ずしも表現する必要はない。)

 イイナが出演しないことを既に知っていながら面白いネタを話すのを楽しみにしていたT君。イイナが観られず落胆する主人公。記憶の中のイイナ。イイナを見つけた後の二人の興奮。そして、ラストシーンの更なる興奮。
 こういったものから、私が感じた本作の魅力であるところの「渦巻く情」を感じ取ってもらえたら嬉しい。


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