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今後ともよろしく

 「わたし、10年前に死んだあなたの妻です」

 これは女神のイタズラか、悪魔の囁きか。
 唐突にこんなことを言われたら、状況を理解しようと思うよりも先に、言い知れぬ恐怖におそわれそうなのは私だけだろうか。


 『妻、小学生になる。』というドラマがやっているらしい。私は観ていないし原作も読んでいないのでどういう経緯なのかは知らないが、亡くなった妻の魂(?)が小学生に憑依して、その身体のまま夫に会って云々、という設定の物語らしい。

 この手の物語をざっくり転生系と呼ぶとして、私が気になるのは転生を告げられた側(以後、被申告者と呼ぶ)がその言葉をどうやって信じるかというところだ。そして、信じてどうする? というところでもある。

 転生者がそれを告げる目的は様々だろうが、告げることによって期待するのは、被申告者との間で転生前と変わらぬコミュニケーションを期待する。あるいは、転生していることを理解した上でのコミュニケーションをとることだろう。

 そうすると転生した側は、被申告者に転生したことを信じてもらわなければならないわけだ。
 そのためには、乗り越えなくてはならない条件がいくつかある。

①転生前の記憶を有し共有できること
転生側の必須条件がこの記憶の保持だろう。これが無いとそもそも始まらない。物語によっては徐々に思い出すとかもあるだろうが、それはまぁ演出の範囲。
→言動によってその記憶を表出させることで信じ込ませることが可能と思われる。

②転生前の性格や気質に起因する言動の一致
記憶はある意味で結果だ。その結果に至るまでの言動には性格が現れるはずで、それが違ったら信じられないかもしれない。
例えば、目玉焼きには何もかけない人だったとして、その理由が健康意識の高さ故で、本当はマヨネーズたっぷりかけたい人だったとしよう。ところが、転生後の身体的にはマヨネーズをかけても問題ないはずなのに何もかけず、しかもその理由は味の好みだから、と言われたらそれは別人な気がする。
→①同様、言動によって信じてもらうことは可能であるが、転生以前に被申告者にも性格や気質を理解してもらっているという前提があってのこととなる。

③現状(転生など)を受け容れてもらう努力
コミュニケーションを取ろうとする最初の段階で、転生なんて非科学的なことは起こるわけないと被申告者が考えていたら、転生側は頭のおかしい人とか詐欺師と呼ばれてそれでおしまいだ。そうであるから、本来ならばここは慎重に行わくてはならないはずだ。(結構雑な作品も多い気がするけど。)
また、上手く転生等を信じてもらえたとしても、転生後の状態では出来ることと出来ないことがあるという点を、理解・納得してくれないとコミュニケーションは上手く行かない。
身体は小学生だろうと妻なんだから同棲しろ、と言われても困るだろうし、逆に戸籍上は別だから再婚することは可能だったりする。
→①②と合わせて、被申告者に納得してもらえる対応が求められる。納得してもらえればとりあえずの条件は満たす。

 条件として挙げたものの、被申告者側の考えに依るところが大きいので、簡単に信じてしまう人や信じ込みたい人もいるだろう。


 そして、転生したことを受け容れたとして、そこから(主に)被申告者がどう行動していくかというのが大事な部分だと思う。物語であればここが核となっていることが多いはずだ。
 死別していつまで経っても前を向けない遺族に活を入れる。転生側が為し得なかった名誉や技能獲得のために被申告者の手助けをする。転生したそのままの状態で被申告者と共に生きていく。などなど。
 物語ならば、これらの「それから」を描く必要は必ずしも無いのだが、現実で大事なのはまさに「それから」の方なのだ。

 ここまで、転生というキーワードで話を進めてきたが、実はこの条件は転生に限らない。
 生後すぐに生き別れた肉親でも、近所に住んでいたおじさんでも、30年ぶりに会う同級生でも、フィクションでは霊体なんかでもそうだし、SNS上で音信不通になっていた人でも同じことが言える。
 もう会うことがないだろうと思っていた人なら該当すると考えている。



「オレ、オレだよオレ。忘れちゃったかな? 連絡しなくなって結構経つし、見た目も変わっちゃったもんな。吉田だよ」
「え、なに、こわい」
「ほら、小学生のころ帰り道でイノシシに追いかけられて一緒に逃げたことあるだろ? あの吉田だよ」
「あーあー……あれね。あの時の吉田ね。でもあの時は、田中と山口と伊藤と吉田と福島がいたはずだよね。真っ先に逃げたのは田中と吉田と福島だったかな。その吉田ってこと? 海外に行ったって聞いてたけど」
「その吉田だよ。思い出したか。戻ってきたんだ。覚えていてくれて嬉しいぜ」
「いや待て。あの事件は新聞に取り上げられるくらいだったし知ってるやつは多かった。しかもその後福島は陸上競技で活躍していて、走りに目覚めたキッカケとしてあの事件を語ったのはいいが、逆に『臆病者トリオ』と揶揄されることにもなるほど学内では認知されていた。とすると、イノシシから逃げたという情報だけでは、君が吉田であるとする根拠としては弱い」
「相変わらずめんどくさい性格だな。ほら、部活終わってからよく一緒にハンバーガー食べにいってただろ? あの吉田だよ」
「部活終わりにハンバーガーを食べる仲だったのは数人いる。で、イノシシ事件のメンバーと合致するのは、なるほど確かに田中と吉田だな」
「そうそう、いつもポテト半分ずつ分けて食べてただろ。あの吉田だよ」
「あー! 自分はMサイズ分しか食べないくせに、わずかな増額でLサイズに出来るのだからと言ってLサイズを注文して、食べきれなかった分を勝手によこしてくるくせに代金はきっちり割り勘にしようとしてくる奴がいた! 大食いの田中は絶対にそんなことはしなかったから……お前、さては吉田だな?」
「だから、最初から言ってるだろ! その吉田だよ。それにしにてもヒドい思い出し方だな」
「いやいや待て待て、何らかの方法でその記憶を得たという可能性もある。これだけでは、お前が吉田である証拠にはならない」
「その人を変に疑う所、何も変わっ……」
「だが! 私のこのヘンテコな会話にまともに受け答えしてくれる奴というのは、少なくとも悪い奴ではないし楽しくもある。お前が吉田かどうかは置いておいて、どうだろう、ちょっと一杯飲みに行こうか」
「そうこなくっちゃ! 旧友と酒と思い出話。最高じゃないか! あ、あっちに飲み放題の安い店あるからそこ行こうぜ」
「飲み放題ね。当然、君のおごりでいいよな。声をかけてきたのは君なんだから」
「いや、割り勘だろ」
「なるほど。あー……ところで君、名前は?」
「「吉田だよ」」



 もう会うことがないだろう。と、思っていた人が現れると私は戸惑うと思う。
 でも、必死になって前述の条件を満たすよう働きかけてくるならば、そしてそれを満たすことが出来そうならば、それって、転生したかどうかなんてどうでもよいことなんじゃないかと思う。
 なんでどうやって転生したか、なんて分からなくても、今まさに確かな想いをもってコミュニケーションを取ろうとする”その人”自体に、悪い気はしない。
 そして、条件を満たす可能性のある出来事の多くは、良い印象を持っていることが多いと思う。ということは、転生したかどうかは関係なく”その人”と良好な関係性を築けるんじゃなかろうか。新しく築き直せるんじゃなかろうか。
 過去に仲が良かった事実があるということは、これからも仲良くなれる要素を互いに持ち合わせていると考えてよいではないか。

 だったら「0」からやり直したっていいよね。まぁ、一度関係が途切れて空っぽになったところを埋めるのも悪くないし失われたものを取り戻す感覚は嫌いじゃない。
 でも、仮に元通りに埋まらなかったりその形が変わってしまっとしても、過去は過去として別に心に秘めておき、”その人”とこれからのことを考えてもいいと思ったりする。新しい関係性でいいとも思う。



 改めて考えると『妻、小学生になる。』で良かったのかもしれない。
 これが『妻、人妻になる。』だったら一昔前の昼ドラよろしく、ドロッドロのスライム状になるほどの外道物語の出来上がりで、組み合わせてはいけないモノ同士の合体事故になるところだっただろう。

 うーん、でもそうだな。
 転生したのが小学生でも人妻でも異国人でも同性でも天使でも悪魔でも、相手の属性とかに関わらず、「会いたかった」とか「おかえり」じゃなくて「今後ともよろしく」って言いたいな。


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