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君が悪に手を染めても

「僕は君のことが好きなんだと思うよ。君が僕のことをどう思おうが関係なく、僕は君のことが好きだと思う。好きって難しいね、どれくらい好きかをどうやって伝えようか。そうだね、順番に話すしか無いよね。まず僕は基本的に人のことが好きなんだよ。もちろん、世の中には酷い人間も、存在しないほうが良いと思えるような人間もいるんだけど、それでも人自体を好きなんだ。あぁ早とちりしないで。君が人だからという理由だけで僕は君を好きだと思うわけではないんだ。君がたとえ獣に身をやつしても、死を迎えて有機物の塊になっても、それすらなくなって僕の心にしか存在しなくなっても、それでも僕は君のことが好きなんだと思う。え? 『好きだ』じゃなくて『好きなんだと思う』って言い回しが気になるって? また説明するべきことが増えちゃうね。でも、君のそういうところ僕は好きだよ。あぁ、ほら今の。こういう個別に具体的に結果的に判断できることは『好きだ』って断言できるんだよ。でも、僕も君も変化するものだろう? 仮に、今この場で僕が死んでしまえば、僕が今伝えようとしているこの気持ちを『好きだった』と断定することはできるよ。もう変化しないからね。いっそ、死んでしまえばその状態で固定出来るわけで、それはそれで魅力的だなとは思うね、うんうん。あぁごめん、話を戻すと、こうやって僕の言葉に耳を傾けてくれている今の君のことを今の僕は好きだよ。でも、次の瞬間にその好きは好きじゃないに変わってしまうかもしれない。だから僕は君のことを好きでいられるか、未来の僕にも約束できないから、好きだと思うとしか答えられないな。でもね、こんな僕が言うからこそ、君のことが好きなんだと思うという僕の言葉は、それは限りなく好きに近いんだ。よくわからないよね。結局のところそれは僕の願望で、つまり、僕が君のことを好きでいたいとか、好きで居続けなくてはいけないとか、そういった気持ちが先にあるのかもしれない。未来の僕に考える機会を与えるというか、常に考え続けなきゃいけないという枷をはめるというか。今ここで僕が君のことをずっと好きだと決めてしまうと、未来の僕はそれに従ってしまうかもしれないだろう? そうすると、未来の僕は本当は未来の君のことが好きじゃないのに、今の僕の言葉を嘘にしないために未来の僕は未来の僕に嘘をついてしまうかもしれない。そうなると、君のことを好きだと言う未来の僕の言葉を、今の僕は好きになれないし信用できないものだと思う。それはきっと、未来の君にとっても同じことで、今の僕が好きな今の君の未来の君に、そんな思いをさせたくないなって思うんだよね。だから、常に君のことが好きかどうかを未来の僕に真摯に考えさせるためにも、僕は君のことが好きだと思うって言うしか無いんだ。そう、これは極めて僕個人の問題で、だから『好きだと思う』は『好きだ』と捉えてもらって問題はないよ。何の話だっけ。あぁそうか、僕は人自体が好きで、その理由だけで君のことを好きだと思うというわけじゃないってことの説明をしていたところだったね。え? それはもういいって? それよりもどうしたら僕に嫌われるかを教えてくれって? はぁ〜、やっぱり好きだなぁ。ちゃんと僕の話を聞いててくれて、君が僕のことをどう思おうが僕が君のことを好きだと思う気持ちに影響はないことを分かっているから、僕が君を好きじゃなくなる方法、つまり僕に嫌われる方法を模索するわけだよね。その姿勢が好きだよ。ごめんごめん、僕に嫌われる方法だよね。うん、あるよ。えっとね、君のことを好きだと思う僕でいるためには、まずそう思う僕自身を好きだと思えないといけないと僕は考えていて、僕は僕が許せないことをする僕でなければ、僕のことを好きでいられると思っているんだ。同時に、その僕が好きでいる君のことも、僕が許せないことを君がしなければ嫌いになることはないと思うんだ。それで、その許せないことの内容なんだけど、いわゆる犯罪行為なんかの全てが当たるわけではないんだ。たとえ君が悪に手を染めても、それが君自身の意思であれば僕はきっと君のことを好きだと思うんだ。でも、許容できない犯罪類型があってね。それは、君自身の意思で誰かにその誰かの意思に反してその誰かの手を悪に染めてしまうことだよ。例えば、殺してしまいたい人がいて、君自身がその手にかける分には僕は君のことを好きのままでいられると思うよ。でも、殺したい相手の関係者に殺したい人を殺害させるために、その関係者の弱みを掴んで実行させるとかは許せないかな。そういったことをするなら、きっと僕は君のことを好きではいられなくなると思うよ。と言っても、君にはそんな事出来ないよね。それは僕も分かっているから、だから何度も君のことを好きだと思うって言っているのさ。......ふふ、そうだね。やっぱり好きだ。その手に持つ、ナイフの切っ先よりも鋭い眼差しで僕を見る君が好きだ。今の僕が君のことを好きでいることは覆せないから、未来の僕の存在を消せばいい。そういう発想に至るところも好きなんだよ。いいよ。これが君の意思なんだろう? たとえ君が悪に手を染めても、それが君の意思なら、好きだよ。そうか、これが本望ってやつなのかもしれないな」
 霞んでいく視界の中で、君の口元は奇妙につり上がり、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
 僕の中で循環していた君への熱く真っ赤な想いが、君の手を伝って流れ、冷え、その手を黒く染める。
 僕の未来は潰える。あらゆることが「だった」になる時が来る。「好きなんだと思う」が、「好きだった」に変わり永遠に固定される時が来る。
 あれ? 君の手を黒く染めたのは誰の意思だ?

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