見出し画像

[掌編小説] 他人事になるまで

 バイト先に出勤すると、いつもアホなことばかりしている同年代の同僚二人が仕事もしないで「一歩、二歩……まだだな」と自分たちの足を使って距離を測っているのに出くわした。
 こいつら頭が悪い悪いと思っていたらついに鶏のレベルまで知能が下がったのかと思いつつ、一体何をやっているのか尋ねてみると、片方が「どこまで離れたら他人事になるか、調べてるんだ」などと言う。仮にこっちをアホAとしよう。
「ニュースでどっかの誰が死んだよく言ってるけど、あれ全部他人事じゃん」
「いやいや待てよ。他人事に思える人にだって家族がいてその死を悼んでだな……」
「でも他人事じゃん」
 そう言われてしまうと、どれだけ建前を言っても無意味に思えてくる。
「うん、まあ、どうしても他人事だな」
 俺が認めると、アホAはそこまでは前提だ、とでもいうように頷き、続きの説明を始めた。
「でもたとえば自分の親が死んだら他人事じゃないでしょ」
「そりゃ他人じゃないからな」
「親は他人じゃないから他人事にならないけど、親や兄弟じゃないのに他人事と思えない人もいるじゃん」
「友達とかな」
「そうそう。だから、どれくらい自分から離れたら他人事になるのか、あいつと調べてるんだよ」
 なるほど、アホAとアホBは二人の間の距離をだんだんと離し、どこで互いの死が他人事になるかを調べていたらしい。
 俺への説明義務を果たしたアホAはアホBのところへ戻ると、また最初から一歩、二歩と距離を広げつつ、「まだ他人事とは思えないよね」などと言っている。
 きっとこの仲の良い二人は、地球の反対側まで距離を離したとしても、片方が死んでしまったらもう片方は他人事と思えず心から悲しむだろう。他人事かどうかを決めるのは物理的な距離ではなく、心理的な距離だろうから。
 でもそうやって距離を測る二人を俺は止めなかった。こうしてじゃれ合ったことも良い思い出になり、どちらかが死んでしまった後で思い返されたりするだろう。俺は二人が少しだけ羨ましくなった。


いいなと思ったら応援しよう!