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次世代技術が持つ可能性とリスク―小林雅一『ゼロからわかる量子コンピュータ』―

次世代技術について学べるとともに、「ゼロから」という意味を考えさせられるものあった。

量子コンピュータ技術の特徴、その可能性を記した本である。

量子コンピュータとは、量子力学をコンピュータの分野に応用したものである。原子や電子に含まれる量子は、高校までの物理で習う内容とは異なるという。その運動法則は高校の物理学で習うようなものとは異なる。ニュートン物理学とアインシュタイン物理学なんて言い方をすることもあるが、この量子の世界は後者であり、その特徴をコンピュータの世界に適用したものが量子コンピュータと呼ばれている。

読み始めてさっそく気づく。明らかに「ゼロ」の基準が異なると。「ジョセフソン接合?」「クーパー対?」「ポテンシャルの壁?」…「ゼロから」紹介するというのに、辞書や解説書が欲しくなる言葉の数々。また、「シュレーディンガーの猫」の理屈は知っていても、申し訳ないが、腑に落ちるものではない。とりあえず、量子コンピュータの仕組みや原理を理解しようとするには、現状私が持っている数学・物理学の知識では到底太刀打ちができなさそうであった。筆者の「ゼロ」の基準はどういうものだったのだろうか?そして、同様のタイトルを掲げる本も同じような問題を抱えているのだろうか?この手のタイトルの本を読むことがないので、この点は少々気になった。

ただ、量子が持つ性質によって、現代のコンピュータとは桁違いな計算能力の実現が期待されていることはよくわかった。そして同時に、この研究はかなり情報セキュリティ面で大きな脅威になり得るということも。

計算能力が桁違い、というだけで情報セキュリティは脅威にさらされる可能性がある。ネットでの通信の秘匿性を担保する技術には、結構高い確率で素数の積を用いたRSA暗号、もしくは楕円曲線暗号が使われている。これらは現代のスーパーコンピュータでも計算時間が天文学的にかかる。当事者以外の第三者が暗号を解読しようとしても、所要時間の問題から、解読は非現実的なのだ。

しかし、量子コンピュータを用いると、先の2つの暗号方式は理論上解読可能であるという。現在はまだ現用の暗号が破られてはいないようであるが、いつかは破られる時が来るであろう。だから、各国やITの先進企業は量子コンピュータに耐えうる新暗号方式を模索しているのだ。

暗号解読技術の問題は、それ自体が軍事・安全保障上の脅威になる。反面、量子コンピュータでも解読できないような暗号体系を持ち、かつ他国の暗号体系を解読する技術を持てたならば、その国は情報戦において圧倒的優位に立つ。だからこそ、量子コンピュータ開発は国家レベルでの重要テーマ停まる。

また、量子コンピュータは一般家庭で使えるようになることは、まだ先のことであろう。現状は絶対零度付近まで温度を下げられる環境がなければならない。そんな代物を一般家庭で用意するなどというのは、あまりにも非現実的だ。なので、スーパーコンピュータの代用はできても、一般のコンピュータの代用はできない。気軽に利用できるようになったとしても、基本的にはクラウド環境での利用に制限される(実際そうなっている)だろう。もっとも、それで十分なようにも思えるが。

マイナス面ばかり書いてしまった。もちろん、悪意をもった利用をしなければ、様々な面で非常に有効な活用が期待できる。化学物質の組み合わせ、配送ルートなど、天文学的な組み合わせパターンがあるケースには、現在運用されているシステムをはるかに凌駕しうるポテンシャルを持っている。上手に利用すれば、薬の開発でいえば、現状よりも短い研究期間で、より安全でより効果的なものを世に出せる可能性もある。また、カーナビが適切に渋滞回避策を提示してくれるようになるかもしれない。そうなれば、私たちの生活にも少なからず変化が生じることとなろう。

量子コンピューティング技術の発展は、私たちにどういう変化をもたらすであろうか。一般社会での利用に至るにはまだまだ時間がかかりそうな技術ではあるが、追って確認していきたいと思う。

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