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“人間性”とは何か?―森村誠一『人間の証明』ー

森村誠一。初めて読む作家だ。Kindle Unlimitedで読める本から、面白そうなものを探している中で見つけた。

都内のホテルのエレベーター内で絶命したアメリカ国籍の黒人男性。絶命するまでの足取りをたどる中で、見えてくる過去。その事件の解決に向けた捜査を行う「人間不信」の刑事。並行して進む複数の物語。複雑な物語の進行だ。

小説の分類で言うならば、ミステリーやサスペンスに該当するのかもしれないが、謎解きの要素はかなり少ない。犯人捜しをしようと思う人には不向きだ。何せ、途中で犯人は大方この人だろう、という予測が立ってしまう。むしろこの本は「犯人は誰?」ではなく、その犯人や周囲の人々の心理描写を読み、その情景を描きながら読む、そんな小説に近い。

心理描写は巧みで、それぞれの場面がまるでドラマを見ているかのごとく、頭の中で構成できる。リアリティというべきか、ある種の催眠状態というべきか、よくわからない。そんな調子で物語を読み進められるので、ほぼ1日で読み終えてしまった。文庫版では500ページ近くあるようなので、結構な文章量のはずだが、とんとん拍子で読めてしまった。

とんとん拍子で読めるからと言っても、内容は重厚感もある。そもそも明るい物語ではない。主要な登場人物は何かしらの陰を持っている。表向きはそれを上手に隠しているが、その裏にはかなりひどいレベルの人間不信や自己顕示欲といったものが見え隠れする。それは彼らの成長過程で植え付けられてしまったものだろう。その陰が物語を面白くする絶妙なスパイスになっている。

犯人が被害者を手にかけた行為は非情そのものかもしれないが、犯人そして被害者それぞれの思惑が複雑に絡み合う。これはこの本の世界だけの話ではない。事件を単なる「出来事」や「現象」として捉える視点も大事だが、同時にそこにある個々人の心理的な部分を紐解いていく、理解することの大切さを改めて感じさせられた本であった。

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