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現代の子育て、親に欠落しているマインド、こどもたちが生きにくい理由と解決策

3人目の赤ちゃんが生まれて、子育て日記のようなものをこのノートで書き出したが、赤ちゃんの育児だけでなく1番上はもう3年生になっている。確かに親にとっては赤ちゃんが生まれ家族が増えることは、大きな変化だがその頃の子どもとは言い方は悪いかもしれないけれど勝手に成長する。

乳児〜幼児〜児童それぞれの子育て

もちろん、ミルクをあげたりオムツをかえたり、予防接種だって大変だし色々ある。が、大きく成長することに真っ直ぐだからこども自身の心の苦労に直面することはない。

とか思っていると甘くて、いつの間にか3歳になり、5歳になり、8歳になる。

こどもは体の成長とともに、心も大きく成長する。そんな成長に合わせてこどもへの向き合い方も変えていかなければならない。

同じにしたがる親世代とこどものギャップ

つい人は、同じという見方をしすぎてしまう傾向がある。これは日本人は特にそういう傾向があると思う。なぜかと考えたとき、戦後の厳しい時代同じ方向を向いて経済や社会を立て直す。新しいものを作り上げる。そういった同じが必要だったからに思う。

その癖が今も色濃く残っているのが、日本だ。これは仕方がないことなのだけれど、高度成長期はとっくの昔に終わり多様性溢れる時代の地球に生まれたこどもたちにとって同じはストレスでしかない。

でも親世代はまだギリギリ高度成長期の恩恵を受けて育った人が多い。そこのギャップがあることに気づいた。

多様性が加速することを知っている

学校教育は、今も昔もそれほどスタイルが変わらない。もっと具体的にいうと、いつまでも高度成長期に優秀と言われ働けるサラリーマンを増産してることに変わりはない。

いじめは無くならない、不登校や自殺増加、確立された学校教育のようだけれどなぜこどもたちはこのような思いをしなければならないのだろうか。

こどもたちが生きにく理由

いつの時代のこどもも、自分たちが大人になり生きる社会を想像しながら日々暮らしている。大人はこどもに「将来の夢は?」と言う質問を投げかける。無責任に。

その質問は現代のこどもにとって非常に辛い質問になっているかもしれない。

学校教育を受けていても自分が大人になったときの社会を想像したとき、ギャップが大きく感じているはずだ。

前へならえ、礼。静かにするまで話さない先生。思考を必要としない出題・・・

本当にここで学んでいて、将来は明るいのか。大人として楽しい生活が送れるのか。このように具体的に言葉にできないとしても、心の中でモヤモヤとしてこどもたちはそんな不安を抱えているはずだ。

解決策は選択を早くさせる

愚痴だけ言っても仕方ない。解決策として我が子に実践していることがある。特に小学校に通い始めてからこれはとても大切なことだと考える。

その方法とは、学校は社会、家庭は自分でいられるようにすること。

具体的に言うと、学校とは社会システムを学場。そこには自分はそれほど表に出す必要はない。システムという川の流れに身を任せれば上手くいく。と言う勉強をしてもらう場所。

自宅に帰ると、1人の人間。地球上の生命としての存在として生きていることを実感させる。やりたい!と言ったら親がとことん向き合いその実現に全力を尽くす姿を見せる(やれなくてもいいから親がこどもに全力で向き合う)

これをわかりやすく言うとこうだ。

学校⇨社会システムの中で無難に飯を食う方法を学
家庭⇨自分のやりたいこと、気持ちいいことを見つけ豊な生きがいを見つける

この両輪を回さず、学校=社会ばかりが大きくなっているのが現代社会。

よく学校教育が悪い、いい教育がない。などという話を耳にする。確かにそうかもしれない。しかし1番の原因は、親がこどもを1人の人として認めずいつまでもこどもとして接していることではないだろうか。

これでは家庭=自分を見失って生きていくことになるのは当然。家庭では思いっきり親がこどもの心に寄り添い自分が自分でいられる感覚を教える必要がある。全世界の人々がスマホで繋がりハイスピードで変化する社会の中では、我々親世代の数十年前の感覚でこどもたちの生きる未来を想像できると考えること自体、愚かなことだ。

こどもを信じこどものやりたいに任せてみたいと思う。

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