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「すべては循環の一部。」指導者が社会とスポーツの繋がりを考える時代へ。:『スポーツの価値再考』#006【後編】

2020年、『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく全10回の対談。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。

第6回の対談相手は、明治大学サッカー部監督の栗田大輔さん。後編では、大企業の社員として働きながら大学スポーツに携わる栗田監督が考える、社会とスポーツの関係性について議論が進みました。「スポーツの価値」の一つの側面が、この後編で語られます。

「戸惑い」から「象徴」へ。勝ち続ける組織を支える4年間のサイクル

辻:栗田さんは大企業の社員という立場もありながら、監督として学生の指導をしている。社会に通用する人間に成長することが大切だと考えていらっしゃいますが、明治サッカー部の選手たちはどうやってそれを意識するようになるんですか?世の中の学生は、目の前の活動や遊びに手一杯なことが多いですよね。

栗田:先輩が後輩を育てるというサイクルが部活動の特徴の一つですよね。明治サッカー部も、日々の練習や寮生活の中で先輩から教育をする文化があります。僕から大きな方針を示しつつも、基本は上級生が代々それを後輩に伝え、進化させていく。これが大学の部活動だと思います。
4年間のサイクルの中で、僕は次のように各学年を言い表しているんです。
1年は「戸惑い」
2年は「気付き」
3年は「責任」
4年は「象徴」

安西:ここまでの栗田さんの話を聞いていると、「戸惑い」というのはよく分かりますね。

栗田:明治に入ってきたばかりの1年生には、小さい頃からサッカーに相当の時間を費やしてきたことによりサッカー以外のことを全然知らない子や、さまざまな影響でバランス感覚がない子も多くいます。いきなり企業研修のように社会のことを教えられたり、日々自分で考えることを求められたりすると、当然彼らは戸惑いますよね。ただ、みんな強い思いをもって明治に入学してくるのでだんだん慣れていきます。
1年生は目の前のことに精一杯であっという間に終わるんですが、2年生になると「気付いたもん勝ちだよ」ということを伝えます。早く自覚をもって、前に出てきた選手がチームの中心になっていきます。
3年生は部のサブリーダー、いわば運営の中心です。部のあらゆることに対して責任をもつことになります。そして4年生になった頃には、すべてを兼ね備えた象徴的存在になるわけです。サッカーの上手い下手にかかわらず、下級生から憧れをもたれる存在にならないといけない。こういったサイクルが生まれていますね。

安西:素晴らしい組織ですね。普通だったら4年生が「責任」となりがちですもんね。

栗田:そうですね、どの選手も4年間でとても成長していると思います。
僕が伝えようとしていることを学生が全て理解しているとは思わないのですが、卒業して社会に出た教え子が「栗田さんが日頃から言っていた言葉が蘇ります。やっと意味が分かってきました。」と言ってくれることがあって、それは素晴らしいことだなと思います。学生時代に学んだことが社会人としての素地となっていて、自分で考える力につながっているということなので。 

辻:明治出身で現在インテル鎌倉でプレーしている芹澤君とは関わりがあるんですよね。 彼も「栗田さんは厳しかったけれど、人生の大事なことは栗田さんから教わりました。」と言っていましたよ。

栗田:芹澤は昨年度の主務ですね。主務というのはマネジメントの中心にいながら自分もレギュラーになるという一番過酷な立場で、僕の考えもかなり直接的に伝えていました。彼は引退するときのスピーチで、「栗田さんに『ありがとうございました』とは絶対言わないと決めてきましたが、、本当にありがとうございました。」と言ってくれて、嬉しかったですね。

辻:きっとそれが本音ですよね。今の学生の周りに、厳しい面もありながら本気で向き合ってくれる大人は多くはいないです。素晴らしい関係性で、それが財産だとその場では気付きにくいでしょうけど、いつか気付く日は来ると思います。

栗田:明治の部員たちのすごさは、試合に出ている選手ではなく実力的には一番下の選手が一番頑張るという点にも表れていると思います。常に全員がトップチームに出場することを目指していて、普通の組織にある「2ー6ー2」という構造にならない、代々続いている文化です。
自分自身、大学サッカーの監督をやっているのはそういった学生の熱量や一つのことへ向かう力に心を動かされたからなんですね。社会を見回して、これだけ一つのことに気持ちが向く集団はなかなか無いなと。

安西:学生にインスパイアされたというのは良いきっかけですよね。スポーツをやっている大学生がもつエネルギーの強さ、純粋さというのは僕も日々感じています。

企業人×監督。栗田大輔の見据える大学スポーツのこれから

安西:栗田さんはサッカーの強さと人間形成を両立する指導をされていますが、栗田さん自身はどんな経験からそのような考えを持たれたんですか?

栗田:大学を卒業して建設会社に就職し、営業を長いことやっていたんですね。建設業というのはお客さんのお金で新しいものをつくる仕事です。そこでは営業マンの人柄が信頼性につながる重要な判断材料になりますから、そうした経験の中で自然と培われた感性や価値観はあると思います。

辻:現在も企業の一員である栗田さんだから伝えられる、価値観、学生スポーツの見方、ビジョンがありますよね。新しい視点をスポーツ界に取り入れている存在だと思います。

栗田:僕は社会の一員として明治サッカー部を外からも見ています。もし僕がサッカーだけをやってきた人間だと、学生スポーツの中から世の中を見ることになって、意外と見方にズレが出てくるはずです。

安西:まさにこのプロジェクトでテーマにしている「スポーツの価値」を考える必要があるということですよね。たとえばスポンサーという面で見ても、社会のことを知っていれば、企業側にどんな利益が働いて、どんな判断が行われているのか想像できます。それらの「社会とスポーツの接点」を踏まえて、チームの目指す方向を考えることが重要ですね。

栗田:部員にも、常にその両面を捉えなさいと伝えています。大学サッカーで全国優勝することは、チームの記録としても個人の人生においても本当に大きな結果ですが、優勝した日の翌日に僕が一社会人として出社すると、周りは誰も明治が優勝したなんて知らない。だから選手たちにも、威張ったりひけらかしたりせずに、自信として胸の中にしまい、湧き出させてほしいと思います。

安西:社会人ならではの視点ですね。栗田さんはやはり、社会の中におけるスポーツというものを見ていて、そこがとても重要だと考えています。僕自身も、大学卒業後に会社の経営を経て大学ラクロス部のチームマネジメントに戻ったんですが、これからの大学スポーツ界では、指導者が一度社会に出て、広い世界を見てからチームに戻ってくるようなシステムもおもしろいなと思っています。これについてはどんな考えをお持ちですか?

栗田:サッカーの場合はプロがあり素晴らしい指導者の方は多く存在します。選手として競技を突き詰めた人は、やはり説得力があり影響力も大きいと思います。だからこそトップに立つ監督は、社会性を伝えていくこと、組織を構築しスタッフそれぞれの役割を明確にすることが大切です。スタッフが理念を共有して一枚岩になっていないと学生はすぐに影響されてしまうので、役割は異なっていても、理念や思いが統一されていることが重要になります。

辻:日本の大学スポーツでは、アメリカのNCAAを倣った仕組みとしてUNIVASが発足しましたが、栗田さんはどんなことを考えていますか?

栗田:プロ競技があったり大学の経営方針も多様な中で、統括の仕方、支え方という面でも答えは一つではありません。明治の場合は、スポーツでの活躍が無くても世の中に大学が認知されているので、体育会として何ができるかを考える必要があると思っています。
選手や指導者の負担を軽減したり、サッカーでの海外留学などを支援したりする仕組みができると良いですよね。大学の部活も、思いの力だけで強さを持続していくことは難しいです。たとえば僕の後任にどんな人が就くのかということを考えても、強固な体制があると心強いです。

辻:栗田さんのような、大学スポーツ界に新しい視点を持ち込み結果を残していく方のお話はワクワクしますね。

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「チームのために」の先にある、本当に見るべきスポーツと社会の繋がり

安西:「スポーツの価値」を栗田さんが言語化すると、どのようなものになりますか?

栗田:スポーツが生み出す、人々の元気や笑顔、高揚感が社会の活力になるということだと思います。そこには、人間の感情やコミュニティの繋がりも生まれますよね。学生には「プロ選手になることの価値は何か。誰のためにプレーするのか。」という問いをよく投げかけるんです。

辻:なるほど。その問いにきちんと答えられる子はなかなかいなさそうですね。

栗田:多くの学生が「チームのために」と答えるのですが、それは少し視野が狭いですよね。選手のプレーが人々を楽しませて、社会を構成する個人の頑張りの源となる。その一人ひとりの仕事が集まって企業となり、社会に貢献しているわけです。こうした繋がりは伝えるようにしています。

安西:たしかに、そこが理解できるとスポーツをやる意味も変わってきます。

辻:栗田さんがすごいのはその繋がり、「すべては社会の循環の一部なんだ」ということを言語化して伝えているところですね。 

栗田:「チームのため」という言葉が学生とプロを問わずよく使われます。これは間違っていませんが、曖昧ではないかとも思います。「チーム」の先にどんなものが広がっているのか、それを考えることが重要だと感じています。

▼第6回対談の前編はこちらからご覧ください。

▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。

プロフィール

栗田大輔(くりた だいすけ)
明治大学体育会サッカー部監督
1970年静岡県生まれ。2005年に横浜市で小中学生を対象としたパルピターレ・サッカースクールを設立。2013年に母校明治大学のサッカー部コーチに就任し、2015年からは監督として指揮を執る。チームを2019年の学生五冠へ導くとともに、ドイツ・ブンデスリーガで活躍する日本代表の室屋成をはじめとする多くのプロ選手を育てた。
自身は大学卒業後から大手建設会社に勤務し、現在も監督業との両立をしている。大学サッカーにおいて、チームの結果と同時に人間形成にも重きを置く教育が有名。
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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