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ノンバイナリー大学院生が向き合う 読書記録 「言葉の展望台」三木那由他著

こんにちは。今回は三木那由他さんの「言葉の展望台」(2022)を購入したものの、放置していたところ、先日ようやく拝読し、印象に残った点があったのと自らに重なる点があったので、記録も兼ねて、書き残そうと思います。引用が多いので、ネタバレ注意です。後半は特に自身の経験を中心に記述しています。

※本投稿での著者の語りは、全ての「トランスジェンダー」や「ノンバイナリー」の方に当てはまるという訳ではありません。その点を念頭に置いてお読みください。

始めに

余談ですが、日本ではトランスジェンダーの男性/女性をMtF/FtMなどと表記・表現することが多い印象があります。特に当事者間、当事者コミュニティ、SNSにおいてよく目にします。XジェンダーもFtX/MtXと書いてあるアカウントを見かけます。先日、三橋順子さんの著書「歴史の中の多様な『性』―日本とアジア 変幻するセクシュアリティ―」(2022)を拝読した際、国際的にMtF/FtMは使われなくなっている(p. IX)と記述されており、私自身も、トランス男性/トランス女性のほうがしっくりくるので、以下ではこのように統一して記述していきます。なぜしっくりくるか・・・なぜでしょうか?自分の中での認識では、Female/Maleという点に違和感を感じるんですよね。全てのトランスの人々が身体治療でのトランジションを経ているわけでもないので。あとFt/Mt表記の場合、intersex/DSD(性分化疾患)で性自認について悩みがある人はどうなるの?という疑問が残ります。私の不勉強だけなのかもしれませんが。

ちなみに、私自身、哲学や言語学にはほとんど触れてこなかったので、ここでは専門的な話はしないです。というかできません。今回は、拝読した中で、2つの章をピックアップします。

哲学と私のあいだで

この章では、三木さんが「哲学者」として差別発言(ここでは特に国会議員による)について語る時の居心地の悪さが描かれています。三木さん自身、トランスジェンダーであることを公表されています。問題になった国会議員による性的マイノリティに対する差別発言に、三木さんは「予想外」に動揺してしまったと記述しています。さらに、こうも記されています。

はっきり言えば、問題になった発言はいずれも私からしたら、幼少期から見慣れ、聞き慣れたものだ。・・・「私はもうそんな程度の発言で傷つくことなんてない」、と心の底から思い、自信を持っていた。

p.77

では、なぜこんなにも苦しいのか。私自身も三木さん同様、国会議員が差別発言しないというような幻想は抱いていない(そうあるべきですが)ので、トランスジェンダーに対する差別発言そのものに傷ついているのではないと思うのです(全くそうではないとも言い切れませんが)。三木さんは、「道徳的に間違っているのでは」「生物としておかしいのでは」などは、自分自身に投げかけてきた言葉であると記しています。その上で、こういった差別発言が「私が自分自身に投げかけてきた言葉」であったのが大きい、と。私の場合、「一時の気の迷いなのではないのか」や「自分のこの感覚(男でも女でもない)はやはり変なのではないか」という自分自身を疑ってきたことに重なると感じました。三木さん自身は「『道徳的にLGBTは許されない』といった言葉をはねのけてふてぶてしく生きることも身につけた」(p. 79)とおっしゃるようにこの点を乗り越えられておりますが、私はまだ自分に疑いを持ってしまうことがあるのが現状です。「一時的に苦痛から逃げることができても、解放されることはないのだろうな」と思いながら生きています。

三木さんの言葉をお借りすれば、かつて自分自身に投げかけてきた言葉が他者の差別発言を通して、「私は生きているべきではない」と、そう思わせてしまうのではないでしょうか。

「私」のいない言葉

ここでは、「一人称代名詞(私・僕・俺・うちなど)」の話がされています。日本語でコミュニケーションを取る上で一人称代名詞の使用は避けられません。話が脱線しますが、私自身、時折英語を使うことがあるので、「三人称代名詞(She/He/Theyなど)」について考えることもありますが、日本語の会話ではそこまで頻繁に使われませんよね。ただ、三人称代名詞は他者から自身がどのように認識されているかという点で、当事者にとって重要な問題に1つであると考えています。また、前回の投稿で触れた「Gender dysphoria/euphoria」も関連してくるのではないでしょうか。

一人称代名詞に関する困難、葛藤

話を戻すと、三木さん自身、トランスジェンダーとして、一人称代名詞に関して非常に困難を経験し、さらにその困難がどんな困難であったかが十分に理解できずにいる(p. 95)と語られています。次の引用は特に心に残っています。

私が知りたいのはたぶん、「社会の規範と自らのアイデンティティとの折り合いをつけようとしながら自らの一人称代名詞を選ぶこと」といった話ではなく、一人称代名詞を選ぶことのできなかった者の、自らについて明示的に語ることをやめた者のありかただったのだろう。というのも、私が選んだ道は、自分のことを指す言葉をできるだけ用いないようにするというものだったのだ。

p. 95

私はこの箇所を読んで、大きく頷いていたかもしれません。実際、私自身が一人称代名詞について抱いていたモヤモヤがここで言語化されていると感じ取ったからです。「そういえば確かに、会話において、できるだけ一人称代名詞を避けようとしているな」と気づいたのです。

小学生時代

「小学生のころはそうではなかった」(p. 95)という文章から始まる部分で、「自分だけじゃないんだ」と少し安堵した覚えがあります。私の場合、性自認についてはっきりと自覚し始めたのは遅かったので、三木さんとは少し異なる部分があるかもしれませんが、私は思春期の始まる中学生までは自分のことを「うち」と呼んでいました。「うち」は一般的に女の子が使うイメージがありますが、特に違和感なく使っていました。ただ、なんとなくいわゆる「ガールズトーク」的なものにだんだんついていけなくなるといいますか、疲れていってしまった経験があります。服装も高学年になるとスカートを嫌がるようになりました。このあたりはよくあるエピソードかと思います。

思春期

まだ「性自認」について考えていなかった、女子校で教育を受けた中学・高校の思春期、「うち」を使わなくなりました。かといって、周りに合わせて「私」や自分の名前、「僕」などを使いたいとは思っていませんでした。どうしても必要な時、同級生と話すときは、「私」を濁して「わっし・わーし」と言っていた記憶があります。

学部生以降

学部生になって留学を経験し、帰国後、「性自認」と向き合うようになりました。「女性であることに違和感はあるけど、男性でもない」という状況を自分でもどのように捉えたらいいのか全くわかりませんでした。ちなみに、学部も女子大であったので、「女性である」ことに違和感を持つことにはっきりと気付くのが遅くなり、また同時に「女子大にいるのに性自認が女性ではない」ということをどうしても否定したくなる自分がいて、誰に相談したらいいのかわからない状況でした。

その後、少しずつ自身を受け入れていく中で、「一人称代名詞」の問題にぶつかりました。今でも正解がよくわかっていません。「僕」や「俺」を使おうと試みたこともありますが、一度も使うことはありませんでした。もちろん、トランス男性やノンバイナリーやXジェンダーの人々、特に出生時に割り当てられた性別が女性の人の中には「僕」や「俺」を使う人もいます。しかし、私にはそれらは「私のもの」ではないという感覚がありました。現在は、カジュアルな場面では「自分」、多くの人のように場面や相手によっては「私」を使うことが多いです。ですが、「自分」という表現に特にしっくりきているわけではなく「仮」に使っているというような感覚です。私はこういった理由で「自分のことを指す言葉をできるだけ用いないようにする」ようになったのかもしれないと分析しています。

「一人称代名詞が社会の規範と自らのアイデンティティのあいだで折り合いをつけながら選ばれるものである」のか?

「一人称代名詞が社会の規範と自らのアイデンティティのあいだで折り合いをつけながら選ばれるものである」(p.100)なのであれば、私はその折り合いをつけられる/つけられないの狭間にいるまたは行ったり来たりしているように思えます。身体治療によってトランジション中の私にとって、これから一人称代名詞が変わっていく可能性はあり得ると考えています。しかし、今ここで言えるのは、「現状の私はできる限り一人称代名詞を避けたい」、そして、それがコミュニケーションにおいて障害となり得る(必要以上に言い方を考えなければならない)ということです。

終わりに

この著書は、三木さん自身が「エッセイと評論のあいだ」とおっしゃっていて、比較的読みやすかったので、「学術書は難しいけど何かしら学びが欲しいな」と思う方はぜひ読んでみてください。ご紹介した章以外では、日常会話において何となくしているやりとりに疑問を持ちながら読むことができると思います。また、繰り返しになりますが、本投稿における著者自身の経験は「トランスジェンダー」で「ノンバイナリー」のうちの1人の個人的なものです。よって、全ての「トランスジェンダー」や「ノンバイナリー」の方に該当するという訳ではありません。その点をどうぞご留意ください。最後までご覧いただきありがとうございました。

※この投稿はX (旧Twitter) にて、しろくま(@KAiremashdm)が投稿したものに加筆・修正したものです。


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