かつらいす

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    最近の記事

    小唄の日記 2月号

    文車雨と、かつらいすでお送りする短歌とエッセイの連載「小唄の日記」2月号を公開します。今月号のテーマは「春を感じること、もの」です。 ◇ ◇ ◇ 散る朽ちる桜の身体を持つ吾に触れてください今だけ今すぐ    季節感があまりない職場にいるおかげか季節の変わり目がなかなか感じることができないようなそうでないような。  春を感じること、といえば、ウチの実家の近所に祖父の植えた桜の木があったんですよ。過去形なのはそうなんです。今は根元の幹しか残っていません。  結構大きくて

      • 「とり文庫」vol.9

        こんばんは、かつらいすです。 このたびは千原こはぎさん企画・発行のネットプリント「とり文庫」に参加させていただきました。 わたしは短歌の穴埋め問題をつくりました。このページの最後に答えを載せていますので、解いていただいたかたはスクロールして答え合わせをしてみてくださいね。 「とり文庫」vol.9のテーマは『早春』でした。とても素敵な方々とご一緒できて嬉しかったです。ここからは、読者としての感想です。 電話では見つめる砂が一緒ってそんな遊びをきみはしてたね /雨虎俊寛「

        • 2020 吟行初め

          冬の手に包む蘇鉄や朱を秘めて 船白し冬のジオラマ抜けてゆく 新年の新婦の羽根や港島 花札のおにのように真っ赤な橋だった。歩いて渡った。

          • 10月19日

            雨に雨に濡れたコスモス明日には真珠の粒が光っています 雨に濡れてオシロイバナも咲いている。夏の花のキョウチクトウはだんだんかすかになりながら、それでもまだ咲いている。アカメガシワの葉はところどころ黄色くなって、シャリンバイの実はおいしそうなブルーベリー色になっている。 ディミヌエンドとクレッシェンドが交差する夏から冬へ風のふく街

            10月18日

            たぶん、最初にその香りをかいだのは祖母の家の庭だった。その瞬間まで忘れているのに、その花の香りがすると、はっと思い出す。この香り、知ってる。目に見えるより先に香る花、きんもくせい。 * * * 遠くから星のどこかで香ったら思い出さない。あなたのことを

            10月17日

            蓮の葉の立ちあがったまま枯れているの、電柱を支えるワイヤーに絡みついて上のほうまで昇っていた蔓草が実をつけたまま枯れて茶色くなっているの、ランタナの花が夏の盛りと同じようにピンクや黄色に咲いていて、でもよく見るとつやつやとした濃紺の実をつけているの。 どこかへ向かって収束していくのだろうか、それとも、それらはばらばらな時間を生きているのだろうか。 ふと、前をみると道路の向こう側を鼬が跳ねて、側溝へ潜っていった。

            10月16日

            秋が深まっている。 ずんぐりと丸く、つやつやとしたアベマキの団栗がごろんごろんと転がって、柿の木は枝がたわむほどのたくさんの実を橙色に染めている。足元のしげみには翡翠色、瑠璃に紫、薄緑、色とりどりの野ぶどうがからまっている。 空は澄んでいて、朝の風がつめたい。 ハナミズキの葉は赤く、道の向こうへ続くススキの道は白い。川沿いを一面黄色に染めるセイタカアワダチソウのもじゃもじゃ。 フェンスいっぱいにひろがった朝顔のあかるい紫のなんて綺麗な色なんだろう。 駅の看板が見えた

            きれたのか、きったのか、ほどけたのか、からまったのか、それともはじめからそんなものどこにもなかったのかい、と。 いとのないとい。意図のない問い。糸の名、糸、い……。 紡いでいくのは物語、結ばれないのは赤い糸、蜘蛛の糸なら垂らしておこう。糸は、どこからやってきて、意図は、どこまで行くつもり。 いといといと、うとうとうと。ねむる。おきる。ねむる。ほどける。目をこすり、おきる。おきる。いきる。ボビンケースはころころころと転がってもう針のことを忘れてしまった。 アリアドネは糸

            雨の道路の濡れている夜。 そういえば、旅行に行くと、いつも雨なんだよな。と、彼は言った。 濡れて鏡のような道。 音。おと。おと。 声。こえ。こえ。 雨。あめ。あめ。 三点リーダを 。 で表す人がいて、 。。。セーターに落ちた水の粒みたい。。。 明け方、オフィーリアはすっと立ち上がり朝の街へと消えていった。 白い道路はどこへでも続いている。

            夜と白

            『蕪のなかの夜に』を読んでいる。 夜のなかの蕪、ではなく、蕪のなかの夜である。蕪は夜も白いのだろうか。夜の土はあたたかく、しめっているのだろうか。 坂道を祖父の後ろ姿が歩いていた。追い越して、そのまま、わたしは振り返らない。 詩のなかに短歌があるのだと思った。だけど、そうじゃないのかもしれない。それは途中まで短歌で、それなのに何食わぬ顔をして、その先へと続いている。 詩とか俳句とか短歌とか、そういうことで分類をしてしまうことに、あまり意味はないのかもしれない。 空を

            笑ってて、夢からさめて炊飯器あけて会わないよかった、きみで 薄明に米の袋を持ち上げて思ったよりも丈夫でしたね 引っ掻けば琥珀のようにぬるい血のすべてを手のひらに閉じこめた 隙間から泡立つように生きてたら聞こえる声だ歩ける空だ 坂道の後ろ姿を追い越して振り向く前に夢からさめる #tanka

            りんご

             ある寒い冬の日、おなかがすいてリンゴを食べた。ひとつをまるまる一人で食べた。リンゴを食べると、皮と芯と種が残った。この種もまいたら芽が出るんやろか、と思って植えることにした。  芽がでるか、自信がないまま、しばらく水につけて放っておいた。花屋さんで売ってる花の種を植えたことはあるけれど、自分が食べた果物の種を植えるのは、はじめてだった。  2週間ほど経って、種と水を入れたコップをのぞいてみると、白いのがにょきっと出ていた。たぶん、根っこだ。うれしかった。  リンゴには

            人間

            「人間」に自分も含まれているのに、あらためて「人間」というと、得体の知れない生き物みたいだ。 『まんが日本昔ばなし』のエンディングは「にんげんっていいな」と歌っている。ほかほかごはんや、あったかいふとんは、確かに魅力的だ。しかし、これを歌っているのは誰目線なんだろう。わざわざ「にんげんって」と言っているのはなぜなんだろう。 児童文学作家ロイド・アリグザンダーの『人間になりたがった猫』やアンデルセンの『人魚姫』には、人間に憧れる生き物たちが登場する。彼らにとって人間になると

            8月の迷子

            スキップが伝染をして街中の子どもがみんな跳ねている朝 エトセトラって言われてしまうエキストラ。卵をまぜて信号を渡る 色鉛筆の水色ばかり縮んでいくこんな世界に暮らせていること たとえばよいこのみなさんとして私たちお行儀よく立ちっぱなしのエスカレーター たとえば迷子の一員として私たち待っているから迎えにきてね #tanka

            きゅうり

            ぐんぐん背が伸びて、葉っぱが大きくてざらざらしてて、実はいぼいぼしていて、ほうっておいたら、人間の腕のような太さになるのに、フリルのような黄色い花の花粉を運ぶのは、朝早くから羽音を鳴らして飛んでいる小さなアブなの、かわいい。 おはようさん、ごくろうさんって言う朝の花虻きれい。きゅうりおいしい。 #tanka

            橋。

            箱の中からららららと音がする君と渡った橋のかけらだ 何度夢を見ても、夢の中ではいつも生きているひとがいて、夢がさめる間際にこれが夢だと気づく。わたしは、橋のこちら側の住人として、こちらに居続けるしかない。 死んだって死んだひとには会えないよ真っ赤な靴で缶蹴りをする