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やさしさが巡るために。東北1周のヒッチハイク中に気付いた大人の役割。

青森の山の中を、1人でとぼとぼと歩いていた。
季節は夏だが、さすがに夜になると空気がひんやりしている。
寒いし、疲れた。そして、何より寂しい。
時折通りがかる車に、ヒッチハイクの親指を立てるポーズをするが誰も乗せてはくれない。夜の山道を1人で歩く20代前半の男は確かに怪し過ぎるし、僕が運転する側でも乗せないと思う。
フリーターで、東京の風呂無しアパートに住んで、今は青森の山の中。自分が惨め過ぎる。なぜこんなことになったのか思い出す。

東京から宮城の実家までヒッチハイクで目指すが、東北1周に変更

10年以上前の20代前半だった僕は、実家の宮城県までヒッチハイクで帰ろうとしていた。理由は「お金がない」「面白そう」の半分半分で、つまりは若かった。当時は脚本家を目指し、高円寺の風呂無しのアパートに住み「人生何とかなる」と楽観的な考えを持っていたのも大きい。
時期は8月を選び、最悪野宿で過ごせるし、どうにでもなると思っていた。
東京から宮城県までは400km弱。ヒッチハイクは初めてだが、当時の僕の感覚では2~3日あれば帰れると思っていた。

2~3日分の着替えをリュックに詰め込み、スケッチブックに「北へ」と大きく書き、道路で掲げる。
(今から思えば、素直に宮城と書けばよかったのになぜあの時の自分は、北へと書いたんだろうか、、)
しかし、何分待っても車は止まらない。当然だが、20代前半の男を気軽に乗せてくれる人などそうそう見つからなかった。
しかも、東京の8月は暑い。コンクリートから熱気がむせ返り、体力を奪っていく。さすがに長時間立っているのも限界で座りながら、スケッチブックを掲げて2時間弱。1台の車が停まってくれた。
急いで車に駆け寄ると、パワーウィンドウが開く。気さくそうな40代半ばの男性が1人運転席に乗っていた。

「ヒッチハイクなんて珍しいね。北だったらどこでもいいの?」
「はい。どこでもいいです!」
「これから実家に帰るついでだから、別にいいよ」
「ありがとうございます!」

荷物を後部座席に置かせてもらい、助手席に座るとキンキンに効いた冷房が心地よかった。炎天下の中で2時間以上待ち続け、火照った身体に冷たさが染み渡る。

「俺も若い時には旅したり、色々あったからなー、君みたいな若い人見ると思い出すよ」
「ホントに乗せてもらえて助かりました」
「いいよ。どうせ実家に帰るついでだし」
「ご実家ってどちらなんですか?」
「新潟だよ」

…新潟?

僕は太平洋側の宮城県を目的地としていたが、車は日本海側の新潟県を目指していた。

(やってしまった、、)

と思いつつも外は暑いし何より、車の中は冷房が効いていて心地いい。ハッキリ言って降りたくないし、もう一度何時間も外で待つのは嫌だ。
色々考えた結果、自分の中で「ヒッチハイクで東北1周する旅」に目的を変更した。

「東京→宮城」から「東京→新潟→青森→宮城」とすればいいのだ、とその時は考えた。新潟で降ろしてもらい、国道で再度ヒッチハイクをするが、車は簡単に停まってくれない。寝るのは路上やベンチだった事も加わり、真夏で体力も奪われていった。

ヒッチハイクなのに車酔い。青森の山の中で降ろしてもらう。

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3日目か4日目。どうにか青森まで来ていた。
その日もどうにか男性のドライバーさんに運よく乗せてもらい、車は山道を走っていた。時刻は夜に差し掛かろうとしている。どこか大きめの駅で降ろしてもらい、寝床を探そうかな、と思っていたところ吐き気に襲われた。
情けない話だが、野宿による睡眠不足と夏の暑さで体力を奪われ車に酔ってしまったのだ。。とはいえ、ヒッチハイクで車酔いなんて恥ずかし過ぎる。
好意で乗せてくれた運転手さんに正直に言えず「知人に迎えに来てもらう」と告げて山道で車を降ろしてもらった。

「街から距離もあるけど大丈夫?特に夜になると危ないよ」
「友達が迎えに来てくれるので全然大丈夫です。ありがとうございます。」

車を見送った後にその場にうずくまった。吐き気も収まり、呼吸を整えると、冷静になる。

日は沈みつつあり、山の中は空気が澄んでおりひんやりした。羽織る服は持って来ているものの、何も考えず真夏の東京の服装でやってきてしまっていた。夜になり気温が下がる前にもう1度車に乗せてもらわないといけない。せめて、野宿が出来る場所まで行きたい。山道を歩きながら通り過ぎる車に、手を振ったりアピールするが夜のヒッチハイク確率は下がる。ドライバーの中には、僕を見て明らかに顔をしかめる人や見下したように笑う人もいた。

日は暮れ、夜になった。
舗装されている道路だから、歩き続ければどこかに着くだろうが、先が見えない状況だった。水分はリュックの中にあるし、念のためおにぎりも買っていたので食料はどうにか確保している。

ただ、とにかく寂しかった。
寒いし、空しいし、疲れた。
急に今までの様々な出来事に怒りが湧く。
なんで自分がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。
ずっと、ずっとそうだった。
今回のヒッチハイクに限らず、損ばかりしてしまう自分の性格が嫌いだった。当然自分が悪いのだが、その「何とかなる」の楽観的な思考が許せなく自己嫌悪に陥った。

後ろから光る車のライトに気づき、手を振ると車が停まった。

他の誰かが困っていたら、その誰かに返してあげてよ。

目の前で車が停まり、ドアウィンドウが開く。
運転席に乗っているのは30代後半~40歳ぐらいの男性だったと思う。
どこか呆れたような笑顔だった。

「もう夜だけど、大丈夫?車なんて停まらないでしょ?」
「はい…」

しばらく考え込んだ男性が、諦めたような表情をする。
「とりあえず乗りなよ」
自分の現状を説明し、その後聞かれてもないのに安心してしまったのか僕は本来であれば東京から宮城県の実家に帰ろうとした過程、フリーター生活の停滞感、自分で自分が好きじゃない事などを喋っていた。
自分の事を知らない相手だからこそ、気軽に話せたのかもしれない。
男性は適当過ぎるわけでもなく、親身になり過ぎるでもなく、適度な距離感で話を聞いてくれた。そして、今日この後どうするか?に話が及んだ。

「あのさ、もう夜中に山降りるのはどう考えても無理だから、この車に泊まりなよ。ブランケットぐらいあるから。山の中で泊まるよりはいいでしょ」

話を聞いてみると、近くのホテルか旅館に勤める方でこれから夜勤らしい。駐車場に車を停めているので、車中泊でよければ、1晩車の中で寝かせてもらえるようだった。

もう何がなんだか分からず、財布の中からお金を出そうとすると。
「いらない、いらない。そういうんじゃないから」と男の人は笑う。
「どうしてこんな事してくれるんですか?」
「せっかく青森に来てもらって、嫌な思いして帰って欲しくないだけだよ。しかも働く場所の近くだし。青森が嫌な思い出の場所になって欲しくないんだよね。別にお金なんていらないからさ、誰かが困ってた時に、その人に返してあげてよ

駐車場に車が停まる。

「そんじゃ、朝になったらまた来るよ」

車の中で1人、倒した助手席のシートに寝転んでブランケットを身体に掛ける。フロントガラスから東京では見えない満点の星空が見えた。

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声を上げて泣いてしまった。
僕は、本当に自分の事だけしか今まで考えて来なかった。
誰かに優しくするなんて余裕もなかったし、自分がよければそれでいいと考えていたが格好悪過ぎる。みじめだった。
今まで周囲に気を遣ったりしたのも、結局は自分がよく思われたいからで、自分が優しくする理由は、見返りが欲しいからだった。

始めて訪れた青森で出会った初対面から受けた純粋なやさしさに触れてようやく気付いた。

やさしさが巡るために。まずは自分から。

当時から10年以上が経った。
かつての風呂無しアパートに住む20代前半のフリーターは、紆余曲折ありながらも結婚をしてベンチャー企業の正社員になった。今ではリーダーとしてのポジションや後輩に仕事を教える機会も増えている。当時を考えると自分でも信じられない。

ノリで東北をヒッチハイクで1周しようとして、山の中で泣いた男なのだ。

若さゆえの過ちはあるし、完璧な人間はいない。
誰もが間違ってしまったり、ミスをしてしまう。
かつての、自分もそうだったように。

ただ、自分は本当に困っていた時に助けられたし、こういう大人になりたいと思えた。「優しさに触れた経験があると誰かに優しくしようと」思えるのかもしれない。
やさしさは巡る。

自分が受けたやさしさを、次の世代へ渡していく事が大人の役割の1つだと最近は考えるようになった。後輩のミスやリカバリーの際に、フィードバックをした後に時々言っている事がある。

「今回の件は別に大丈夫だから。ただこれから成長して、目の前に困っている人がいたらその人を助けられる人間になって欲しいかな」

僕が青森で出会った男性に言われた事を若い人に伝えている。そうやって次の世代に優しさが巡って欲しい。そこから、次の次の世代。そしてまた、次の次の次の世代へ。
優しさが循環していくためには、まずは自分からなのだ。

ただ、10年以上前に山の中で1人困っている僕を車に泊めてもらった男性にはお礼がしたいと考えている。
いつか落ち着いたタイミングで青森に行くつもりだ。
名前も知らないし、顔もぼんやりとしか覚えていないので直接会うのは難しいと思う。分かるのは10年以上前に青森のホテルに勤めていた事だけ。
ただ、僕が青森に行ってお土産を買ったり泊まったりするなら、その人に少しでも何かが巡っていくんじゃないだろうか。
おそらくその男性も「青森に来てくれただけで嬉しいよ」と言ってくれる気がしている。

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