見出し画像

読書中座記:翻訳という想像 『幻獣の話』

池内紀著『幻獣の話』を読んでいる


マルコ・ポーロから始まり、ギリシャ神話からゴジラまで、世界のありとあらゆる幻獣たちを独自の考察を彩に交え編み上げた随想。
博識を前面に広げながらもいやらしさがなく、堅苦しくもならずに読者を無限の想像の世界へ連れ誘う筆致は池内さん独自のものだ。今回の『幻獣の話』もあっという間に慣れ親しんだ池内紀ワールドへ連れ去られる。

17世紀のドイツで書かれた本の秀逸なタイトル


池内紀著『幻獣の話』講談社学術文庫



読書の途中で興味深い言葉を見つけた。それは、17世紀のドイツ、マクデブルクで書かれたヨハネス・プレートリウスによる書物の題名『あらゆるふしぎな人間の新しい宇宙誌』。池内さんが『幻獣紳士録Ⅰ』と題した項目で紹介している。1666年に書かれた”海底の住人”について触れた書物だそう。

この古い書物のタイトルに釘付けになってしまった。『あらゆるふしぎな人間の新しい宇宙誌』

池内さんは第三章を『不思議な生きもの、不思議な人』としている。しかしここで紹介した書物のタイトルは”あらゆるふしぎな”というところまでが平仮名になっている。これは誰か別の紹介者が付けた日本名なのだろうか。それにしても心をくすぐる言葉選び。

気になったのでこの言葉をGoogleで検索してみたけれど、ほとんどヒットしない。なので、ドイツの著者名を検索。wikipediaにあった。そこから出版年を足がかりに1666年の書物を探すと掲載されていた。ドイツ語だ。


wikipediaより

これだ。『Anthropodemus Plutonicus, das ist, Eine Neue Weltbeschreibung』マクデブルク 1666とある。この本に違いない。ドイツ語をコピペして再びググってみる。ドイツ語情報ばかりで埒が明かないのでAIのChat-GPTに切り替え聞いてみる。


ChatGPT画面より

タイトルの意味を日本語に翻訳してもらった。AIの翻訳によればそれは「アントロポデムス・プルトニクス、すなわち、新しい世界の描写」だという。けれど、いまいち意味がわからないのでドイツ語の単語ごとに説明をお願いした。


単語を一つずつなぞっていくと少しわかりやすくなった。そして新たな直訳をAIが提示した。
「人間の民の冥王星の、つまり、1つの新しい世界の描写」
だそう。

なんとも味気ない訳文。このAIによる文章の翻訳が正しいとして、さらに池内さんの紹介文が輝いて見える。(もしかしたら別の翻訳者がいたのかもしれないけれど)

『あらゆるふしぎな人間の新しい宇宙誌』

ドイツの図書館が公開している原著の画像より(最後に引用元記載します)

不思議を平仮名の”ふしぎ”にし、AIが冥王星だの人間の民だのと語った部分をこんなにも素晴らしい文に翻訳できる人がどこにいるのだろう。個人的には池内さんが訳したのではないかと思っている。こんなタイトルの本が古書店の奥の方にひっそりと並んでいたら引き出さずにはいられない読書好きが沢山いるのではないか。レコードやCDをジャケットの雰囲気だけで中身を知らずにジャケ買いするという、想像にまかせた購入文化が昔はあった。この題名は書物のジャケ買い理由として類まれな魅力を放っている。

もし自分が何かしらのまとまった文章を出すことがあるのなら、この言葉を下敷きとして、新たに写しとった言葉を選びたいほどだ。"あらゆるふしぎな人間たち"
の生きる"新しい宇宙の歴史"はどんな色に満ちているのだろう。


ドイツの図書館が公開している原著の画像より(最後に引用元記載します)

『幻獣の話』によればプレトリウスは別の「海底の住人」についても語ったそうだ。その海底の住人は王が塔に保護しようとするのを拒み、自らの元いた場所、自分本来の棲み処に戻してくれといい水の中へ帰っていった。現在の王様たちも、同じようにあらゆるふしぎな人間を本来の棲み処へ返すことができるはずだ。その王様の名前は新しい宇宙で語り継がれる。


fine

*引用元:『幻獣の話』池内紀著 講談社学術文庫
wikipedia:https://en.wikipedia.org/wiki/Johannes_Praetorius_(writer)

このnote内で引用した原著と思われる『あらゆるふしぎな人間の新しい宇宙誌』の画像はこちらのドイツ図書館サイトにて公開されています↓

https://www.digitale-sammlungen.de/en/details/bsb10739163

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?