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【ショートショート】僕の友達(750字)


カラスがそのザラザラとした舌を僕の手に押し付けた。何度も何度も舐めてくれる。
擦りむけた手のひらにその感触は少し刺激的だったけれど、不思議と痛みは和らぐような気がした。

ありがとう。
気付けば声に出していた。
ありがとう、カラス。

カラス。僕が付けた名だ。
真っ黒なコイツには単純すぎる名前。
それでも、僕だけの呼び名が気に入っている。

公園に住む野良猫のカラスには他にも、クロやジャー子という名前があるらしい。
ジャー子は、その特徴的な鳴き声から付けられた名だろう。
懐いたカラスは、安心しきって僕の膝の上で寛いでいる。僕にお尻を向けて信頼の情さえ表してくれている。

僕は独りじゃないんだ。
そう思って、そして、涙が出た。
僕はカラスをそっと撫でてみる。
ふわふわとした毛並みから温かさが伝わってくる。
僕の頬を涙が伝う。それはとても温かかった。
その涙がカラスを濡らし、カラスは「じゃー」と鳴いた。
こちらを振り返り一瞥したカラスは、ゴロゴロと喉を鳴らし始める。
猫は嬉しいときだけでなく、自らを鼓舞するためにも喉を鳴らすんだ。
そう言ってたのは猫好きの近所のおばさんだったっけ。

カラス、ありがとな。
僕は泣きながらもう一度言った。
カラスの舌が拳を舐める。

アイツに突き飛ばされ、転けた時に擦りむいた手のひら。初めてアイツを殴った拳。
両方の傷が癒されていく。

また明日、アイツに絡まれたら?
殴ってしまったから、もっと酷い目に遭うかもしれない。

考える僕に、カラスは「じゃー」と鳴く。
そして、勇気づけるようにゴロゴロと喉を鳴らし続けた。

そうだな、僕は独りじゃない。大丈夫だ。

残念ながら、僕は喉を鳴らせない。
両の頬をパンパンと音を出して叩き、自分を鼓舞した。
カラス、明日も来るからな。勇気ある僕を称えてくれ。

カラスは「じゃー」と返事をした。

END

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