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ぬちどぅ宝

「ぬちどぅ宝」

この言葉を覚えたのは、小学校五年のときだった。

倫子は生命力がかたちになったような子で、走ると弾けるようだった。いつもいつもほんとうにひまわりのような笑顔をしていた。

その倫子が作文を課題に出された時、これをタイトルに書いてきた。なんだろう、とぼくは不思議に思って聴いていた。

倫子は自分が西表の出自であること、オジィにさんざんこの言葉を言われて育ったことを語った。いわく、ぬち(生命)どぅ宝(は宝物)、であると。
それを読んでいるときの倫子にいつもの笑顔はなく、真剣そのもので(緊張もあったのかも知れないが)、ぼくは聞き入ってしまった。

そのあとのことをちょっとよく憶えていないのだけど、倫子に質問か確認かしたように思う。倫子はもういつもの笑顔に戻っていて、白い歯を見せながら「そうさ。ぬちどぅ宝さー」と言ったのだけ覚えている。


そしてRさんが、残念ながらその命を絶ってしまった。
ぼくもマイノリティなので、少なからず他人事ではなく、「日本は異物であれば花一匁して殺す(ように仕向ける)国なのか?」と憤懣やる方ない。
言うだろうさ、「死ぬことはないだろう」と。
ならばおまえがその手を彼に差し出せばよかった。
言うだろうさ、「死ぬほどの問題じゃなかった」と。
ならばおまえが彼を苦しめる何もかもを排除出来たのか。
なんであれたらればに過ぎない。彼はおそらく楽になるだろうと期待してそれを選択してしまった。彼に差し伸べられる手はあまりに少なかった。もうできることはただ静かに眠れるように祈るしかない。

群星がてぃーち落てぃゆん天ぬ川
(むるぶし(群れている星)からひとつ落ちました、天の川)

島ぬ雨ぬちどぅ宝と聞ちゃーしが
(島(住んでいる島)は雨です、生命は宝だと聞いたのに)



シキウタヨシ

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