寧ろ繊細
今にも寝ようというときに着信があった。
「もしもし」
「あ、もしもしー、久しぶりだね」
そんなに久しぶりでもない声を聴いて、なんとなく酔っ払っているなと分かった。「酔っ払ってるのか?」と聞くと、
「なんなの、酔っ払ってたっていいじゃない、そっちはニートなんだから、女の子が一人家路につくまでくらい、話し相手になってくれたってね。これはあれだよ、防犯上の義務だよ」
と彼女は分かるような分からない話をしてきたので、状況は察したし、寝るのはもう少し後にすることにした。
「ねえ、今度、原くん結婚するんだって、知ってた?」
「ああ、知ってるよ」
「何で知ってるのよ、私今日聞いたんだからね」
「俺だって今日聞いたよ」
彼女とは前まで一緒にバンドをやっていた。もうやめたけど。原くんもそのメンバーだった。
「まあ、そんなことはどうでもいいわ、そっちはどうなの、結婚相手は見つかったの?」
「別に婚活してたわけじゃないし、見つかってもないよ」
彼女は考えるより先に口に出るタイプだ。酒を飲むと余計にデリカシーという概念を失う。
「そう、その分じゃ仕事も見つかってないんでしょう?」
何の脈絡もない気がするけど、見つかっていないのは事実であって、それが癪に感じた。
「まあね、でもしばらくは失業保険があるし、貯金もあるからそんなに焦ることないんだけど」
「いやね、もし良かったらなんだけど、私さ、雑誌の編集してるじゃない。それで最近は何でもオンラインとかデジタルになってるからさ、ウェブ担当のエンジニアっていうの?そういうのでよかったらさ、紹介できるんだけど」
「ああ、そういうこと?条件次第じゃ悪く無さそうな話だね」
デリカシーのなさにも種類があるのかもしれない。こちらが踏み込んで欲しいところに、我が物顔で踏み入ってくるのは意外と助かるもんだ。それを知っててやっていれば寧ろ繊細である。こちらの嫌なところだけを無自覚に踏み抜いていく、マインスイーパーのように計算していたなら、それも寧ろ繊細かもしれない。
「ただね、私、いま話してることを覚えている保証はないから、また電話してね」
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