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『檸檬』(梶井基次郎)

2023年8月アドバンスコース

――つまりはこの重さなんだな。――
 その重さこそ常づね尋ねあぐんでいたもので、疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さであるとか、思いあがった諧謔心からそんな馬鹿げたことを考えてみたり――なにがさて私は幸福だったのだ。(本文より)

「教科書に載っていて読んだことはあるんだけど」シリーズです(勝手に名付けました。他に夏目漱石の『こゝろ』、中島敦の『山月記』などがあります)。絶対に読んだことはあって、知っているつもりでいるけど改めて思い出そうとすると・・・「あれ?どんなだっけ」。あまりに年月が開きすぎて忘れていることに気づいていなかったり、改めて読んでみたときに「こんな話だったのか!」と驚くことも珍しくありません。

上記の「つまりはこの重さなんだな。」という(独り言のような)一文、私はすっかり抜けていましたが、その言葉の実感はかつての私より今の私の方がぴんとくるものがあります。

メンタル不調から脱しようとしていたある時期、家族が洗面所を使っていたそばを通りかかった際に、その水音が川のせせらぎのように大きく聴こえてびっくりしたことがありました。これまでに何千回と聴いているはずの音、普段なら「聴こえているのにシャットダウンしているなんの問題もない音」として処理してしまっているものが、いやというほど際立って耳に届いたのです。

その時、「あぁ、自分は今日(メンタルの)調子がよくないんだな」と気づきました。

そのものが持っている重量、匂い、温度、音、ぎゅうっとしまった固さなど、ものが持つ本来の性質が際立って自分に届く時、それは自分の感覚が開いているときであると気づきました。そして感覚が開いているときはほんの少し調子が悪くて、単なる水道のなんでもない音でもその美しさに反応できることで、自分を癒しているのかもしれないな、とも。逆に社会性が優位にあるとき、感覚が鋭敏になっていると少し辛い思いをするかもしれません。

『檸檬』も、「その頃私は肺尖を悪くしていていつも身体に熱が出た。」とありますので、私とは異なりますが主人公は不調の中にあったのかなと思います。そのときの、目がさめるような檸檬の色、香り、手に包んだ感じやそしてその「重さ」が、開いていた感覚に際立って届いたのではないだろうかと想像します。

2023年8月のアドバンスコースは、梶井基次郎の『檸檬』です。
主人公が手にした檸檬の重さを、朗読で感じることができたらと思いますし、普段元気な時にはあまり感じられない感覚の開きを、言葉を追うことで体験できたらと思います。
ぜひご参加ください。

8月のオンラインレッスンスケジュール
http://utukusiki.com/202308_online/

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