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女に生まれて良かった

自分が母親になってから幼い頃の実母を思い出すことが多くなりました。こんなに世話をしないと子供は育たないことを実感して、今までにない感謝の気持ちが湧いたのは想定内でしたが、娘への溢れる愛しさや世間や先祖に対する感謝のような、えも言われぬ幸福感を、母は感じていなかったんじゃないかと考えるようになりました。

私には三歳上の姉がいます。父は大工職人から親方となり工務店の社長でもありましたので自分の仕事を継ぐ男子の誕生を渇望していました。私を妊娠中の母は男子を妊娠しているといわれる全ての特徴を持っていたらしく、私が産まれた時の落胆はとても大きかったようです。私は就職するまで折に触れ「お前が男だったら・・・」という両親の(特に母)言葉を聞いて育ちました。その度に女として生まれてきたことが申し訳なく、ずっと『男になりたい』と望んでいました。

37歳初産までの長い間、真面目に『社会的に男になりたい』と思っていて、そのために他人の三倍以上は働こうと決めていました。今よりずっと男社会だった日本で社会的に認められる基本条件は『男である』こと、基本条件を満たしていない私は二倍くらいじゃ足りないと考えたのだと思いますが正確には覚えていません。それほど自然と『男になりたい思い』が私を支配していました。

男になりたかったのは社会的な側面だけでした。思春期になると恋愛に憧れたり、洋服やメイクなど女性としての楽しみも増えました。『男になりたい』という思いは『仕事では男性に引けを取らないカッコイイ女性になりたい』という願望に姿を変えました。ちょうど世間は『キャリアウーマン』をもてはやす風潮があってHOW TOが見つけやすい時代でした。

ところが、出産を経験して自分が女性であることへの思いは反転しました。パラダイム変換が起きるとはもちろん予想していませんでした。今まで『男になりたい』とあれほど頑張っていた自分がアホらしくなりました。

40年近く『男になりたい』と頑張っていた原因が親の言葉であることに気づくと同時に、娘にとっての自分の影響力の大きさに怖さを覚えました。

世の中を怖いと感じている自分に初めて気づき、大きなショックを受けました。

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