【2024子連れ旅行記 その②】奥尻島デビューはカヤックで
親子キャンプを終え、その足で私たちは北の大地へと飛び立った。
その日は函館で一泊し、翌日の昼前に、いよいよ今旅最大の目的地、奥尻島へ向かうため、再び飛行機に乗り込む。
搭乗用通路から直接機内に入った前日とは異なり、広大な滑走路をしばらく歩いた。ゴーゴーと大きな音をさせながら出発を待つ小型のプロペラ機を見て、息子は「ちっちゃいひこうき」と言った。搭乗者は恐らく30名ほどで、作業服の乗客も多い。離島でお仕事だろうか。平日だからか、小さな子ども連れは我が家だけだった。
わずか30分の空の旅。息子は座席の背面の折り畳みテーブルを触ったり、窓の外を眺めたり、飽きることなく楽しんだようだった。
初めて降り立った奥尻空港は、思った通りとても小さかった。
飛行機は函館空港または札幌近郊にある丘珠(おかだま)空港との1日1往復のみ。預けた荷物が小さなトラックに積まれて飛行機から空港に運ばれるのが見えて、何だかほっこりした。荷物の受け取りスペースにはベルトコンベアすらなく、台車に乗ってやってきた荷物を各々が受け取るスタイルだった。
台風の影響が心配されたけれど、ほんのりと日も差していていい天気だ。
私たちは空港に迎えに来てくれたレンタカー屋さんの車に乗せられて、近くの小さな商店に着いた。手続きを済ませ、案内された軽自動車にはあまり使われた形跡のない綺麗なチャイルドシートが設置されていた。息子を座らせ、早速今日からお世話になる宿へと向かった。
私と息子は初めて、夫は6年ぶりの来島だ。窓を開け、海沿いの一本道を夫に運転してもらう。心地よい風を受け、子どもと共にうとうとしているうちに、宿に到着した。目の前は海で、宿の建物のすぐ背後には切り立つ崖が迫っている。辺りに人家もなく、とても静かな場所だ。
宿の隣にある宿主さん一家のご自宅の玄関で声をかけると、宿主さんの奥さんが出てきてくれた。私の夫に気付くと、わぁ~~久しぶり~~~!!なんか雰囲気変わったねー!!と久々の再会を喜んでくれた。私は初めましてだけれど、そんな距離感はあまり感じない、優しい笑顔がとっても素敵な人だった。
奥さんに宿の案内をしてもらっていると、宿主さんがやってきた。満面の笑顔で夫と握手し、ハグを交わす。やっと来れました~と夫も笑顔になり、とても嬉しそうだった。私も6年越しの再会を目の当たりにして、何だかそれだけで胸が熱くなった。
この6年間、奥尻島の話は幾度となく聞いて(というか私が聞き出して)きたけれど、どうやら夫自身も結婚や息子の誕生など、節目節目で宿主さんに連絡をして、つながりを持ち続けていたらしい。宿を開業した年に来てくれて以来、次の来島まで一番インターバルがあって、一番印象に残っているお客さんだよ、と宿主さんが言ってくれた。聞いていた通り、とっても熱い人だ。そして、夫もまた6年前の来島以来、この島とこの宿と宿主さんへ、思いを持ち続けていたのだった。宿主とゲストという関係ではあるけれど、何だかそれ以上の友情のようなものを感じた。
今日は海の状態が安定しているから、ということで、昼下がりから早速家族でカヤックを体験することになった。息子にとっては初めての海だ。前日、函館の海を遠くから見て「おみずいっぱい」と言っていたが、海はとても広くて大きいこと、生き物がたくさんいること、その水はしょっぱいことなどを、この島の滞在で理解できるだろうか。
ライフジャケットを着て、前に私、後ろに夫、間に息子を挟む形でカヤックに乗り込む。ガイドである宿主さんの指示通りに夫と息を合わせてパドルを漕ぐと、カヤックはすーっと前に進んだ。浮遊感が心地よかった。
いっち、にーぃ、いっち、にーぃ。昼下がりの海に、ぼそぼそとした掛け声と、パドルで海水をかく音だけが響く。時折風が吹いて少し波が立ったけれど、薄日が差した海は静かで穏やかだった。海は驚くほどの透明度で、底の様子まではっきりと見える。ゆらゆらと昆布が揺らいでいたり、ウニが張りついていたり。奥尻島の海は水深25メートルくらいまで見える透明度だそうだ。海の色は明るいけれど深いブルーで、思わず吸い込まれてしまいそうだった。
息子も「やりたーいー」と言って、思ったより興味を持ってくれているようだ。自分で漕げるまではあと数年かかるけれど、初めての経験にわくわくしているだろうか。
テトラポットの横を通って外海に出ると、ずっと遠くに水平線が広がった。こんなに広い海を見るのは久しぶりだ。ましてや、一艘のカヤックでここに出てきたのだと思うと、美しい海に息を飲むと同時に、自分たちの存在の小ささと頼りなさも感じた。宿主ガイドさんはSUP(Stand-up Paddle)と呼ばれるサーフィンボードのようなものの上に立ってパドルを自由に操り、広い海でもすいすいと進んでいく。いくつかの撮影スポットで、私たち家族の写真をたくさん撮ってくれた。息子にもずっと声をかけ続けてくれて、息子自慢のVサイン(親指と人差し指。笑)も引き出してくださり、ありがたかった。
そこまで流れが速くなかったので、宿主ガイドさんの指示に従って漕いでいるうちに段々と進むコツも掴めてきた。「右かな?」私が方向を指示し、「オッケー」と夫がその方向のパドルを海に入れっぱなしにすると、カヤックの向きがぐいっと変わる。普段通り、私がごちゃごちゃ言って夫がついてきてくれるスタイルになった。どちらかだけが頑張っても進まない、何だか夫婦の歩みと似ているなと思った。
内海と外海を何度が出入りし、大きな岩がいくつも佇む場所にたどり着いた。打ち寄せる波で削られ続けているその岩々は、地層がはっきり見えて、自然が創り出したとは思えないほど独特の形をしていた。恐らく、何百年も何千年もかけてその姿が形作られたのだろう。自然への畏怖のような感情が芽生えた。
そして、水面を見ると、岩には貝や海藻、イソギンチャクなどがびっしりと張り付いてる。なるほど、ここは生き物たちの心地良い住処なのだ。波の勢いを打ち消し、生き物たちが安心して命を育める場を作る。岩がそんな重要な役割を果たしているなんて、この景色を目の当たりにするまで考えたことすらなかった。この世に存在するものはすべて意味があるのだなと、そんなことを思って、何だかとても感動した。私たちは今、生き物たちの住処を覗かせてもらっているのだ。
磯でカヤックを降りて、しばらく息子と海に足を浸けながら、夫と交代でシュノーケルをした。海の水はやっぱり少し冷たくて、ゴーグル越しにたくさんのウニや海藻、小さな魚の群れなどが見られた。息子は足場の悪い磯に怖気づいていたが、私や夫に手を引かれ、身体を支えられながら少しずつ歩みを進める。浅瀬に1枚の昆布がゆらゆらと取り残されたように漂うのが見えた。これ昆布だよ、と言うと、普段おしゃぶり昆布を好んで食べている息子は笑顔を見せてくれた。一緒に昆布に触ると、ぬるっとした感触に驚いたようだったけれど嬉しそうだ。記念に取らせてもらって、再びカヤックに乗り込み、3人でゴールを目指した。息子は昆布を大事に手に持ちながら、滑らかに進むカヤックが心地よかったのか、こっくりこっくりとカヤック上で舟を漕いでいた。
カヤックを降りる頃には陽も随分と西に傾いていた。美しい景色や奥尻ブルーと呼ばれる透き通った海を見るだけにとどまらず、自然の厳しくて逞しい姿をたくさん感じられて、本当に胸がいっぱいだった。息子も記憶には残らないかもしれないけれど、きっといろんなものを見て、聞いて、触って、感じてくれただろうと思った。
宿に戻り、玄関に置いていた荷物を持ってそのまま近くの温泉に直行した。冷えた身体に熱いお湯が染み渡り、とても気持ちよかった。明日からの奥尻島の日々も、幸せでしかないだろう。来れてよかった。心から、そう思った。
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