わくわくゆめごはん

 気が付いたら、ごはんに関わることが好きだった。
食材を買う前、買うとき、献立を考えるとき、作るとき、食べるとき、心には常にわくわくした気持ちがある。もちろん面倒だとか、時間を取られるとか、そういう気持ちもなくはないけれど、総じて私はごはんに関するすべての過程が好きだ。だから、私の人生で、ごはんに関して考えたりそのために動いたりしている時間は、多分とっても長い。
 思えば、私の母も食べることが好きで、「私がいろいろ食べたいからいろいろ作ってるんよ。」という至ってシンプルな理屈で私たちきょうだい3人にいろいろなものを食べさせてくれた。そして、幼い私は台所に立つ母親の手伝いをするのが好きだった。よく任されていたのは、揚げ物に衣をつけるあの過程。小麦粉と卵とパン粉の混合物で手がぺとぺとになり、これ美味しい衣なのに洗い流すのもったいないなぁとケチくさいことを毎回思いながら、私は大好きなアジのフライやチキンカツ、野菜のフライなんかが揚がるのを今か今かと待っていた。そして、まだ表面にプツプツと小さな油の気泡が弾けている状態のものを、あちっ!と言いながらつまみ食いする。それが至福の時だった。
 そんな記憶が頭の片隅に残っているからだろうか、私はいつか母親になれたら、子どもと一緒に台所に立ちたいと思うようになっていた。あーだこーだ言いながら料理を作っていくそのやり取りや、幼い私が心躍らせていた、料理ができるまでのわくわく感。そういったものを日常の中で知ってほしい。楽しい思い出になってほしい。自分でも気付いていなかったけれど、子どもと台所に立ちたいという思いの裏には、そんな願いがあった。
 
 そして今、私の血を引いたのか、とっても食いしん坊な2歳の息子としばしば台所に立っている。早生まれで、かつ成長曲線のかなり下の方が定位置の、保育園のクラスでいちばん小さな身体からは想像できないくらいによく食べる彼は、台所の入り口に形だけ設置されているベビーゲートが開きっぱなしなのを見つけては何食わぬ顔で入ってくる。そして愛用している某お値段以上のお店で仕入れた1,000円そこそこの折り畳み式踏み台を、台所の作業スペースの一番いいところにセッティングして、よいしょっと自力でよじ登る。きょうはなにをたべさせてくれるのかね?小さなアシスタントから大きな圧を感じながら、私はいくつかの野菜を取り出す。さてさて、我が家の男子が好きな豚汁をつくろうかな。

 まずはこんにゃく。袋から出して板状のものをまな板に並べると、彼はすぐさまそれを両手でつかんでがぶりとしている。おいおい、巨大なグレーの弾力あるおせんべいじゃないんだよ。案の定、つるつると手から滑り落ちてこんにゃくは床に墜落した。あらら。まあ油ものじゃないからいいか。使う分だけ切り分け、息子がちぎりやすいよう薄めに切り、切り込みを入れて渡してみた。指を切り込みに入れてちぎるという作業はなかなか力がいるもので、息子のちぎったこんにゃくは三口大くらいだったけれど、彼はちぎったものを満足げに両手で集めて鍋に入れてくれた。
 次は白菜。さっきのちぎる作業に味を占めたらしく、たとぅちゃい!(はくさい!)と言いながら、葉っぱの部分をちぎっていた。繊維に沿った縦長の白菜が多くできたけれど、煮ればくたくたになるので支障はない。
 その他の芋や根菜、油揚げは、私が一口大に切ったものをひたすら鍋に入れてくれた(にんじんを必要な分だけ置いていたら、切る前に一部齧られていた)。切るペースより入れるペースが速いので、切っている最中のまな板に手を伸ばして入れようとすることもしばしば。おっと危ない。さていつ頃から包丁デビューしてもらおうかな。
 野菜を切り終えたら、最後に豚肉を乗せる。これはなんだろう?とずっと生肉が気になる様子だったので、豚肉も入れてもらうことにした。これを触った後はてってきれいにしようね、そんなことを言いながら触らせると、なんかべたべたする!とびっくりした様子だった。お鍋でぐつぐつすると色が変わってべたべたじゃなくなるんだよ。
 切って入れるがすべて終わったら、最後に計量カップで鍋に水を入れる。息子はこの過程が最も好きなようで、計量カップを見つけるとそれをもって「じゃー!じゃー!(水をじゃーっと入れたい!)」とずっとせがんでいた。蛇口から出る水をコップに満タンに入れて、勢いよく鍋に注ぐ。この作業がせいぜい2~3回で終わってしまうのが申し訳ないところだけれど。
 あとは火にかけて仕上がるのを待つ。その間にご飯や他のおかずを温め直すのだが、そこでも隙あらば手が伸びてくるので油断ならない。わかるよ、つまみ食いが一番おいしいもんね。一体誰に似たんだか、とわかりきったことを思いながら、私はすぐに空になるつまみ食い用のお皿に少しずつおかずを盛って息子の腹の虫を宥めていた。
 少し時間が押したが、無事豚汁が完成。蓋を開けると「でちたー!」と拍手してくれた。お椀によそうと、「ぷーぷ!じんじんさん!」わかったわかった、ぷーぷ(スープ)ににんじんさんをたっぷり入れてほしいのだね。

 どんな仕事よりも頭をフル回転させた1時間。もちろん、自分一人で作った方が多分早く、イライラすることもなく、床や作業スペースの汚れ方も幾分ましなのだろう。でも、「たきまーす!(いただきまーす!)」と手を合わせるや否や、フォークを豚汁に直行させてものも言わずにガツガツと食べ進める息子を見ると、心地よい疲れがじんわりと湧き上がると共に、一緒に作ってよかったな、と思う。作業しているときの息子の集中した表情、次はこれがしたい!という意欲、それが見れるのが嬉しくて、何より私はこういう日々を夢見ていたのだ。エネルギーを使うけれど、夢が叶っているんだな、と気付いて、小さなアシスタントの頭を撫でながら、また作ろうね、と声をかけた。
 自分で作った豚汁はとっても美味しかったのだろう。おかわりまで要求してたらふく平らげていた。食べている息子を見ていると、ふと同じ顔で満足そうに豚汁をすする夫の姿も浮かぶ。明日はとーちゃんと3人で食べようね。もっともっとおいしいよ。

 やれやれ、ごちそうさまでした。いつか自分で全部作りたい!とか言い出すのかな、それとも見向きもしなくなって食べる専門になり、お肉が少ないとか駄目出しされるのかな。恋人ができたら一緒に豚汁作るのも楽しいんやない?そんな未来の姿に思いを馳せると、どうなってもそれはそれで楽しいな、とわくわくする。私にとって、ごはんはわくわくをもたらしてくれるもの。そして、夢を描けるもの。息子よ、夢を叶えさせてくれて、ありがとう。

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