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30年前、子供の立場でPTAはできる人がすれば良いと思った話

今我が家には小学生の子供がいます。

今年はコロナの影響もあってPTA活動はだいぶ縮小され、私も防災訓練係を引き受けていますが、訓練自体あるのかないのか数週間前になっても分からないくらい何もしていません。

実際のところ、私はPTA活動を全員が平等に行うという考え方には

大反対!

です。

それは、自分が仕事を持っていて忙しいからという理由ではありません。

むしろ、私は今は身動きがとれるし、できることはやっていこうと思っています。

こういう時、仕事であればまだ「仕事なのでできません」ということはできます。ヒンシュクを買うかどうかは別として。

「下の子が生まれたばかりだからできません」

「親の介護があって難しいです」

できない事情は様々で、こうした理由も聞こえてきますよね。


では、

「私、うつ病なのでできません。今は仕事していなくて主婦ですが、、、」


これが果たして、勇気を出して言えることでしょうか。


こんな発信をしている私でも、こうしたことを子供の学校で言うのははばかられます。


30年前、私は小学校2年生でした。

1年生のときにうちの親は学年委員を早くも引き受け、その流れなのか翌年は地域の何かの理事が回ってきていました。

理事ともなると会合が色々あったようでしたが、

どのタイミングからかは覚えていませんが、

母親が体調を理由に会合を欠席するようになりました。


ところが、「体調が悪いので行けません」と言った時に、

近所の人が「スーパーに買い物に行けているわよ(それなのに理事会に行けないなんておかしいじゃない)」と告げ口?をしたそうなのです。


それを聞いてしまった母は、

理事会に行くようになった、、、、のではありません。

スーパーで買い物をすることが恐怖でできなくなったのです。


外を歩いたら、また「元気なのにおかしい」と言われてしまう。

そう思い込んだ母は、

次第に外出ができなくなっていきました。


もちろん、近所の人の言葉で外出がままならなくなったのは

母自身の考え方の癖によるものも多分にあったでしょう。

しかし、子供ながらに「スーパーには行けていた」「散歩はしていた」

こうした言葉が人をどれだけ傷つけ、

そして人の生活をどれだけ追いつめ、

結果として何も良い方向に向かなくなるということを実感してしまいました。


PTA決めで手を挙げられない人の中には、

その保護者会に行くにも文字通り這ってきた人もいるかもしれません。

自分さえ無理すれば大丈夫、

そんな風に思わせて無理に仕事を与え、

結果的に誰かをつぶしてしまうかもしれません。


体調不良の原因が、目に見える骨折のようなものや

説明した時に大変さが想像しやすい病気でない場合は特に、

辛さが想像しづらくて苦しい思いをさせてしまうかもしれません。


1年単位で役員を決めた時、1年後まで自分の体調がよく家族もトラブルがない保障は誰にもできないにもかかわらず、

途中で降りることが許されないような空気は変えていかないといけないと思います。

仕事だって、体調が悪くなれば休職するのです。


自分にはできないと思った時、

もうこれ以上何も背負えないというほど追いつめられている人が、

「どうしてできないか?」を説明しなくてはならないのは酷です。


スーパーには行けたのに、と軽い気持ちで言ったその人は、

その一言で外出できなくなる人がいるということに想像は及ばなかったと思います。

一家の主婦が外出できないことで、その子供の育ちがどうなるか。周囲がどれだけ大変な思いでサポートをすることになるか、

考えたこともなかったと思います。


30年経った今も、PTAについて聞こえてくることは大体変わりません。

今年はまだ良いかもしれませんが、

子育て盛りの世代が担う仕事によって、親が心身共に辛くなり、

結果的に子供に影響するようなことが今後あって欲しくはありません。

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