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デヴィッド・ボウイ『ヒーローズ』を聴いて(友人Dとの対話)

私「ボウイの『ヒーローズ』、カッコいいな」

D「うん、一曲目から、イカしてるぜ!って感じ」

私「そうそう、エッジが効いてて、機械音のインダストリアルな雰囲気がカッコいいよね。銀色の鎧をつけた二体のマシーンが、黒煙吐きながらチャンバラをしてるみたいな… ガチャガチャしてて、所謂メカニカルでござい!っていう音像がたまらない。」

D「何だその例え。まあ解らなくはないな。」

私「あと後半のインストの曲群、良いね」

D「へえ、どんなんだったっけ?『ロウ』と混ざってる… ワルシャワなんとかってやつだっけ?」

私「いや、それは『ロウ』だ。『ヒーローズ』は "V-2 Schneider" から始まるじゃん。」

D「ハイハイ、これね。アルバム単位で覚えてるから、曲名だけだとピンと来ない。
『ヒーローズ』は、ベルリン三部作の二作目ね、一作目が『ロウ』。」

私「あと『ロジャーズ』ね。」

https://ja.wikipedia.org/wiki/ベルリン三部作

D「そう。『ロジャーズ』は聴ける曲が多いけど、前二作は後半インストで占められてるのが共通してるのね。そんで、私は『ヒーローズ』の方が解りやすいと思う。」

私「『ロウ』より?」

D「うん、『ロウ』は、難しいというか、これはいいのかな?とずっと思ってた
ボウイが好きで聴き始めた頃、ベルリン三部作のインストゥメンタルについては、長いこと、なぜこんなのをアルバムに入れてるのか?と疑問だったのよ。
でも、しばらく経って、歳をとってから聴いたら、良かったんだよね。わりかしいいな、飽きない、と思った。」

私「なるほどね、ボーカルが無いからとっつきづらいだろうしね。」

D「うん、でも、ライブでも、曲間のつなぎとかでよく演ってるよ。さっきの曲もだし、その次の曲("Sense of Doubt")も。」

私「ちゃんとライブでも演奏されてるのねー。」

D「そうやで。YMOだって、『BGM』とか『Technodelic』に入ってるよくわからん曲ライブでもやってるじゃない?」

私「そうだな、しかし前から思ってたけど後期YMO(『BGM』以降)のサウンドって、ベルリン三部作の時代のボウイにすげー似てると思うんだよな、何というか、"キモさ"が…」

D「あー、わかるかも。鬱蒼としてて、ドロドロしてる感じね。てかそもそもボウイのソングライティングの特徴でもあるよ、それ。同業者のインタビューでも、彼の曲のコード進行は独特だって言われてたもん。あとは高橋幸宏のボーカルも、たまにボウイっぽい瞬間がある。」

私「『ヒーローズ』に戻るけど、後半のインスト曲、私には、1950-60年代の現代音楽(黛敏郎とか武満徹)を彷彿とさせた。音の密度というのかな、考え抜かれて音が配置されてる感じが、現代音楽と同じ感覚のように思えた。勿論、そういう曲よりかは、ボウイの方が遥かに聴きやすいんだけど…
あとは、FF7のBGMとかにも近いかな、と思った。特にボウイが箏を弾いてる "Moss Garden" とかは、そんな雰囲気。」

D「あんたは色々小難しい音楽を経た上で聴いてるから、私とはまた違うだろうね。しかしなんで箏を使ったのか…」

私「うーん、私もちゃんと調べてないから真相はわからないけど、やっぱりエキゾチックなイメージからなのかなと思う。西洋人にとって聞き慣れない未知の音色、踏み入れていない未知の土地、そんなアジア、すなわち新た世界の空気を取り込みたかったんじゃないかな。箏があると、背景のシンセサイザーの音色も、不思議と雅楽のように聴こえてくるよね。
最後、飛行機の音で次の曲 "Neukoln" に移るっていうのも、時代を投影してるよね… 遥かな土地に思いを馳せるも、現実に突き戻される。」

D「冷戦時代、ドイツが東西に別れていたときの音楽だものね。そんな閉塞した、不安感が密閉されてる感じがする。
まあでも、同じ『冷戦曲』だけれどタイトルトラックはやっぱりカッコいいよね。」

私「うん、サウンドは一曲目と同じく、インダストリアルな、メカニックなロマンを感じさせる、勿論素晴らしいものなんだけど、何といっても歌詞が良い… 私はオクターブ上がって、激しく歌うところ[3'16"頃]が大好き。」

I, I can remember (I remember)
僕は覚えてる
Standing, by the wall (by the wall)
壁のそばに立って、
And the guns, shot above our heads (over our heads)
頭の上を銃弾が飛び交う中、
And we kissed, as though nothing could fall (nothing could fall)
それらにかまわず、君とキスをしたことを

And the shame was on the other side
恥ずかしいのは向こう側だ
Oh we can beat them, for ever and ever
僕たちは、ヤツらを永遠に打ち負かすことができる
Then we could be Heroes, just for one day
そして、僕らはヒーローになれるんだ、たった一日だけ

D「"on the other side" っていうのは、冷戦における東西陣営の相手側を指してるんだろうね。ボウイ及びイギリス・アメリカは西だったから、ソ連のことかな、社会主義が行き詰まっててたくさんの人が亡命してきてたし、ベトナム戦争でもアメリカは苦しめられたしなー。」

私「確かにそれで正しいと思うけど、より大きな意味で『圧力や暴力を押し付けてくる、自分達の味方じゃないヤツら』と受けとることもできるんじゃないか?」

D「なるほどねー、やっぱり普遍的なメッセージ性を持ってるわね。」

私「繰り返される "We can be Heroes, just for one day" は、本当に勇気付けられる。何か嫌なことがあったり、思い悩んでいるときに聞くと、少し希望を持てる。
『頑張れ!ファイト!君ならできる!』っていう一方通行な声援じゃなくて、『僕らはみんな、ヒーローになれるんだぜ?たった一日だけだがな』って、同じ目線で優しく語りかけてくれるんだよね…」

(2020.10)

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