安価な労働力がイノベーションを阻害する
かつてエジプトは古代ローマ帝国の支配下にありましたが、その最大都市のひとつアレクサンドリアには、ヘロンという優秀なエンジニアがいました。
彼は様々な発明をしていますが、その中には「蒸気の力で自動開閉する扉」を始めとした、蒸気の力を利用したものがありました。
今から2000年以上前に、ローマのエンジニアたちは蒸気がモノを動かし得ることに気付いていたのです。
産業革命は起こらなかった
しかし、古代ローマの自動ドアは、訪れた者を驚愕させる以上の価値を生みませんでした。
理論は出来上がっていたので、あと一息工夫を凝らせば古代ローマ人は蒸気機関を発明し、産業革命を起こし、スチームパンクな世界が生まれていた可能性だってあったのです。しかし彼らは蒸気の力を、生産性を上げるという方向に活用しませんでした。
理由はたくさんあると思いますが、歴史学者の本村凌二氏は『教養としての「ローマ史」の読み方』の中で、古代ローマが奴隷制を布いていたことを大きな要因として挙げています。
古代ローマの奴隷事情
ケンブリッジ大学のジェリー・トナー氏によると、奴隷の価格は4人家族の年間の生活費と同程度なのだそうです。
年収1年分の買い物というとなかなか高価な気がしますが、古代ローマではかなり貧しい人でも1人や2人の奴隷は所有しており、当時は「奴隷がいるのが当たり前」という社会でした。
自分の代わりに奴隷を働かせて給料を得る、という人もたくさんいたそうです
ともあれ、ヘロンのように高度な知識や技術を有する人はしかるべき収入があった。というより、しかるべき収入があったからこそ、高度な知識や技術を習得することができたはず。当然ながら、彼のようなエンジニアはたくさんの奴隷を所有し、彼らに労働を委ねて、自身は研究開発に勤しんでいたものと思われます。
である以上、彼らには力仕事をなんとかしようというニーズがありません。仮にあったとしても、こう考えます。
「力仕事? 奴隷にやらせればいいじゃん。もっと働かせて、それでも手が足りないなら新しく買ってこよう」
そもそも労働と無縁であったエンジニアたちに、生産性を向上するという動機は生じえなかったのです。
安価な労働力がイノベーションを阻害する
何か問題が起きた時、人海戦術でカバーするというのは非常に簡単です。
個人差はあれど概ね費用対効果は予測でき、しかも即効性があります。
労働力を安価に、簡単に確保できる環境下では、人はそれを選択します。
そこに創意工夫の入り込む余地……すなわち、イノベーションが起きる余地はありません。
一方、現代の日本は労働力の減少が叫ばれており、先日もこんな記事が日経新聞に載っていました。
われわれの社会は労働力が高価になり、労働力を確保すること自体が難しくなっています。
もちろん女性の活躍や外国人労働者の受け入れといった、頭数を増やす施策も考えられます。しかし、より抜本的な解決策として、たとえばAIやロボットを使うことで生産性を劇的に向上させるといった取り組みが必要なのではないでしょうか。
追い詰められた日本の底力に期待
必要は発明の母と言います。
高齢化と人口減少によって追い詰められた日本は、これから世界に先駆けて数々のイノベーションを生み出していくのではないか。
そんな割と楽観的な展望を、私は持っていたりします。