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国際法研究者が集う、ケンブリッジの研究所へ渡って

「私を変えたあの時、あの場所」

~ Vol.54 イギリス/ケンブリッジ大学 Lauterpacht Centre for International Law

東京大学の先生方から海外経験談をお聞きし、紹介する本コーナー。

今回は西村 弓先生に、イギリスに滞在された体験談についてお伺いしました。取り上げた場所については こちら から。


ケンブリッジでの在外研究。芝生の上でお茶をしながら議論が展開

――西村先生は研究のため、ケンブリッジ大学に行かれています。渡航の経緯から教えてください。

西村先生: 前任校(上智大学)の在外研究制度を利用して渡英しました。当時、国連の国際法委員会(International Law Commission=ILC。国際法の法典化を行う国連総会の下部機関)で、国家の国際責任に関する条文の起草作業が行われていて、その特別報告者をLauterpacht 国際法センター(以下、「センター」)の所長をしていたJames Crawford教授が務めていました。私は国家責任法を研究対象としていたので、法典化が行われる現場を見てみたくケンブリッジを訪れました。


――すでに教職に就かれていたうえで研究のために渡られたのですね。実際の場に行かれて、印象的だったことはどんなことですか?

西村先生: ILCによる公式の法典化作業は、国連総会における選挙によって地理的配分にも考慮しつつ世界中から選ばれた34名の委員が参加して毎年10週間程度ジュネーブで行われるのですが、国家責任条文の起草にあたって、Crawford教授は、英米仏独日中のILC委員と数名の著名な国家責任法研究者を招いてセンターで2日間の非公式の会合を開きました。センターの建物は、日本でイメージする「研究所」とは異なって、ヴィクトリア様式の邸宅です。各国の見解が分かれて起草作業でもっとも難航していた条文のたたき台はこの会合で作られていますが、休憩時間には庭の芝生でお茶を飲みながら、近しい人的つながりのコミュニティで実質的な議論が交わされて非公式に条文案が形作られていく様子には、良くも悪くもヨーロッパ国際法の伝統的な姿を感じました(とはいえ、Crawford教授はオーストラリア国籍ですし、日米中のILC委員も招かれてはいましたが)。

こうした機会以外にも、センターには日頃から主としてヨーロッパ中から数多くの国際法研究者が訪れるハブのような存在になっていました。毎朝お茶の時間、週に一度は研究報告とランチの時間が設けられ、誰でも飛び入り参加していつでも国際法について意見交換ができる場として機能していたように思います。

Lauterpacht 国際法センターの玄関


現実の後追いや理想論ではなく、発展に向けた「責任」

――たしかに日本でいう「研究所」とは違った雰囲気の建物ですね! お茶をしながら近しい人だけでの議論や、飛び入り参加可能な議論なども、その場所ならではの風習に感じます。
そうしたところで過ごされて、先生ご自身はどのようなことを感じられたのでしょう。

西村先生: ”The invisible college of international lawyers”という表現があります。論文を通して、ILCや人権条約機関等の国際的な組織の委員として、自国または外国政府への助言者として、あるいは国際裁判所の裁判官や弁論人として、時によって立場を変えつつ国際法研究者が多様な形で国際法の現場に影響を与えていることを示す表現です。そうした役割を果たしている目に見えない国際法研究者コミュニティの内実は、帽子を取り替えつつ、時に条約を共に作ったり、あるいは裁判で闘ったりしている同じ面々の非民主的なクラブである、といったように批判的な文脈でも用いられる表現でもあります。

でも、他方では、国際法研究者が介在することによって国際法が純粋な国家の意思だけでは捉えきれない内容を獲得していくこともこの概念は示しています。 センターの会合はまさにそうした場の1つで、そこでの合意(国際公益を害する違法行為に対しては、被害国以外の国家も違反国の責任を追及して裁判を提起する権利がある、というもの)は、当時は必ずしも現実の国家の実行には伴われていなかったけれど、ILCの国家責任条文に盛り込まれ、その後、国際裁判等を通じて現在では現実のものになっています。センターでの経験を通して、単に国家実行の後追いをするのではなく、他方で闇雲に理想論を述べるのでもなく、実現可能な形で国際社会の規範を少しずつでも発展させていく国際法研究者の責任のようなものを感じました。


イメージと違った英国の教育スタイル

――研究者の責任というのを改めて感じられたのは、やはり現場を目にしたからなのだとお話を聞いていて思います。
他にも印象的だったことについて教えてください。

西村先生: ケンブリッジのLLM(法学修士)コースの多くの授業は、時折学生の質問で遮られはするものの、60分の講義時間を教員が喋り続けるという伝統的スタイルで進められていて、課題の提出が義務づけられることも殆どなく、欧米の大学ではソクラテック・メソッドでインテンシブな授業が展開されているという先入観が裏切られました。ただし、修士の学生にも週に1回のセンターのランチタイム研究会は開かれていましたし、国際経済法の授業で世界貿易機関(WTO)を訪れるなど、機会は豊富に提供されていたので、勉強は自分でするもの、という大人スタイルですね。実質的に年間16週程度と授業期間が少なく、当時、駆け出しの大学教員で授業準備に四苦八苦していた私は、英国の大学教員は羨ましい!とも思いました(笑)。

また、ケンブリッジの冬は雨が多い上に16時前に日没を迎えてどこもかしこも暗く、さらにまた研究の進捗がなかったりすると、ずっとこのまま暗い日々が続くのではないかという気分にもなるのですが、ある日突然スノードロップやクロッカスがそこかしこに咲き始めてケム川が輝き出すと、研究のことはさておき心が浮き立ちました。人は天候に左右されますね。ある程度滞在されるなら冬から春への変化を味わうのも良い体験ですが、短期の旅行であれば5月や6月をお薦めします。


先例のない問題にも、解決に向けて議論を組み立てる

 ――英国と日本では学びのスタイルが少し違うように感じますね…。天候のことも、特に異国にいるときは重要なポイントになりそうですよね。
さて、そうした海外での研究のあと、帰国されて、経験が活かされているなと感じられることはありますか?

西村先生: どうでしょう。あまり直接的ではないかもしれませんが、センターのスタッフには国際裁判等の実務に関わる人も多いこともあってか――例えば、日本が国際裁判の当事国となった南マグロ事件では、前所長Lauterpacht教授が日本側、当時の所長Crawford教授がオーストラリア側に分かれて弁護人を務めました――、具体的問題解決のために議論を組み立てるという思考法が強いように感じました。先例のないケースに直面して何に依拠して結論を導き、それをどうやって一般化・理論化するのかを考えるという思考法で国際法に臨むと言ったら良いでしょうか。駒場での大学院時代からそのような思考法の教育を受けてきてはいましたが、英国でその実践の一端を垣間見たことを経て、現在の自分の研究スタイルが続いているのかもしれません。


自分たちと違うところ、同じところを発見していって

――なるほど、実際に携わる人々の姿を見て得たものが、今も研究に間接的に通じているということですね。
最後になりますが、これから海外に出てみたい、国際交流がしたいという学生にメッセージをお願いします。

西村先生: 私自身はすでに大学教員になってからの在外研究だったので、未知の世界をあちこち覗いて様々な新しい経験をして、という海外生活ではなかったように思います。もし機会があれば、皆さんは行動も自由で感性もフレッシュなうちに在外・国際交流体験をしてみると良いかもしれません。もちろん安全には気をつけてほしいですが、東京での生活や人々の振る舞いと随分違うところ、逆に意外に同じところなど、きっと様々な発見があって面白いと思います。

――ありがとうございました!


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