今も続く「好朋友」との交流。南京での留学体験
「私を変えたあの時、あの場所」
~ Vol.52 中国/南京大学 ~
東京大学の先生方から海外経験談をお聞きし、紹介する本コーナー。
今回は中村 元哉先生に、中国の南京市で留学をされた体験についてお伺いしました。取り上げた場所については こちら から。
もとからあった興味関心を膨らませ、留学へ
——中村先生は1999年から2000年にかけて南京で留学されています。留学のきっかけから教えてください。
中村先生: 名古屋で生まれ育った私は、姉妹友好都市の南京に、何となく興味を抱いていました。さらに、高校時代に「なぜ中国は世界のなかで独自路線を走ろうとするんだろうか?」と疑問に感じ、文科Ⅲ類入学後、現代中国を形成している中国近現代史に関心を持つようになりました。その中国近現代史で一時期首都だったのが南京でした。
以上のような経緯から、私は自ずと南京に留学することになりました。
南京の文化遺産をめぐり歩き、小さな積み重ねを続けた
——姉妹友好都市としての関わりや高校時代の興味がその後の留学につながったということですね。実際に行かれて、印象的だったことを教えてください。
中村先生: 南京には、歴史的な文化遺産がたくさんあります。とりわけ、南京は中華民国期(1912-1949年)の後半(1928年以降のうち日中戦争期を除く)に首都だったことから、その当時の雰囲気を伝える建築物が数多く残されています。当時の著名な政治家が佇んだ住居、当時の政府機関の遺構などです。
ある日、それらを一つ一つ専門書で確認しながら散策していたところ、「外国人のほうがはるかに中国史に詳しい」と言われたことがありました。中国の方々に認めてもらえたかな、と素直に嬉しく感じました。
——実際の場所を目にできるのは渡航したからこその貴重な体験ですね。現地の方の言葉も、うれしいものですね。そうした体験を通じて、研究する上での気づきなどもあったのでしょうか。
中村先生: 何事に対しても大きな目標を立て、一般化したり理論化したりすることは、必要だと思います。しかし、そこに到達するためには、地域研究のような小さなこだわりの積み重ねが必要です。そして、そうした積み重ねこそが外部からの信頼を勝ち取る確実な方法なのだと思います。
さきほどの留学時代の出来事は、そんな思いを私のなかで改めて強くさせるものでした。「中華民国期の政府高官だった〇〇は、こういう閑静な場所で、日記を綴っていたのか」という感覚は、中国近現代史を研究する上で、もちろん役に立ちます。また、私が研究対象の一つとしてきた国民大会や立法院(いずれの代表も直接選挙で選出されました)に関する史跡は市内にはほとんど残されていないため、それらを探索することは、過去を公正に評価するためにも、重要なことです。私が現地の人たちに「いつの時代も歴史を復元するのは大変ですね……」とつぶやくと、「そういう細部にまでこだわる姿勢が大切ですね」という反応がかえってきました。
要するに、私が中国近現代史の全体像を何とか復元しようとしていると、現地の人たちは、私の研究内容を評価するかどうかとは別に、そういう研究姿勢を寛大な心で受けとめてくれたわけです。こうして信頼関係が少しずつ育まれていきました。
留学時代にお世話になった方々には、心から感謝しています。だからこそ、私は中国の人たちをますます好きになりました。その気持ちは、今も変わらないです。
今も「好朋友」でいられる友人たちとの出会い
——研究内容だけではなく、取り組む姿勢についても見てくれていたというのは、ありがたいことですね。
研究の他にも、留学時に印象的だったことはありますか。
中村先生: 広大な中国を旅行する際に、寝台列車で二泊三日もしくは三泊四日は、当たり前のことでした。その車内で、中国の方々が美味しいお茶をふるまってくれました。留学中に一度だけ「ぼったくられた」ことがありましたが、それを除けば、今まで嫌な思いをしたことは一度もありません。純粋で温かい人たちが多いな、と今も感じます。
中村先生: 留学中は、現地の複数の学生に中国語を教えてもらいました。一時間の約束なのに、私がいろいろと話をしたいので、六時間も引き留めてしまったことがありました。「とても迷惑をかけてしまったな……」と反省していますが、そんな風に交流できたからこそ、今も「好朋友(仲の良い友達)」でいられるのだと思います。
その一人が今年元日に日本に旅行に来ました。帰省先の名古屋で手羽先を食べながら再会しました。写真は、その時の様子です。
——留学時の交友関係が今も続いているのですね。お写真も拝見していてほっこりします。
他にも留学時の交友関係が活かされていることなどありますか?
中村先生: 南京大学歴史学部の先生方や、その当時の学生でそのまま南京大学に残って研究者になった友人たちを中心に、日中間の中国近現代史研究のネットワークを構築できました。信頼感が相互にあるからこそ、学術の場で、率直な意見交換ができています。その交流の成果は、私の研究業績にも反映されています。
さらに、これらの研究業績を手に取ってくれた若い中国の学生たちが「私の研究室へ留学したい」と連絡をくれます。毎年このような問い合わせがあることは、望外の喜びです。
中国のことを知るためのガイド。多面的で客観的な中国研究
——ネットワークがそのまま今も広がり続けているのですね! ちなみに、中国について学びたいという国内の方へ向けて、学びの案内などありますか。
中村先生: 中国のことを深く知る際に、香港やマカオや台湾についてもバランスよく知ることが求められています。詳しくは、『中国、香港、台湾におけるリベラリズムの系譜』(有志舎、2018年)や『概説 中華圏の戦後史』(東京大学出版会、2022年)などの編著を参照してくだされば幸いです。私の実感では、これらの各地域を豊富な史料に基づいて客観的に把握できるのは、現在のところ、日本以外にはないと思われます。
さらに、欲を言えば、こういう多面的で客観的な手法で中国を研究している日本の学術成果が、中国でももっと自由に取り入れられる日が来ることを願っています。これほどまでに中国を真剣に議論している外部の人たちは、世界を見渡してもいないわけですから。
伝えたいという熱意が語学力を超えていく
——今のお話は、留学時の「外国人のほうがはるかに中国史に詳しい」という言葉があったからこそだなと感じました。
最後になりますが、留学や国際交流をしたいと考えている学生へ、メッセージをいただけますか。
中村先生: 東大には、語学の天才と呼ばれる人たちがゴロゴロいますよね。私は、そういう人たちに遠く及ばないばかりか、普通以下の語学力しかありません。それは、若い時から自覚していました。
でも、そんな自分でも、何とか研究者として国際会議でも海外の方々と交流できています。私も、多くの方々が異口同音におっしゃるように、「伝えたいこと」と「それを伝えようとする熱意」さえあれば、究極的には語学力なんてどうでもいい、ということを皆さんには声を大にして伝えておきます。
——ありがとうございました!
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