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歴史系「芋づる式! 読書MAP」〜UT-humanitas版〜

昨年の秋、岩波新書が企画した「芋づる式!読書MAP」という読書案内をきっかけとして、Twitterでも「#芋づる式読書MAP」というハッシュタグが流行しました。個性あふれるマップを眺めていると、思いがけない本と出会えたり、その人の頭を覗くような楽しさを味わうことができます。

そこで、今回はUT-humanitasのメンバーも、いくつかの方針を決めてマップを作ってみました。

A. ブックガイド的な性格のものを目指すのではなく、完全に独断と偏見でつくる
この方針を課した理由は2つあります。

1つ目は、各分野の専門家が考え抜いて選んだ良質なブックガイドがすでに多数存在することです。「ブックガイド」として出版・発表されているものばかりではなく、新書や入門書に付される「読書案内」も含めれば、その数は膨大になるでしょう。私の力量では、それらの専門家の選書に対抗できるようなマップを作ることはとうていできません。そこで、ブックガイドのように「押さえておくべき基本文献」を入れることよりも、自分の印象に残っている本や人に薦めたい本を選ぶことを意識しました。

2つ目は、Amazonのレコメンドとは一味違うものを作りたいということです。
Amazonなどのインターネット通販サイトで1冊本を購入すると、同じ著者の本や同ジャンルの本がずらっと「おすすめ」に表示されることになります。そうしたレコメンドで新たな出会いを得ることも多いのですが、そうやって先回りされる体験が続くと、「どうせならAmazonにはできないような結び方をしたい!」という対抗意識が湧いてくるのが人間というものです(あるいは私があまのじゃくなだけ?)。

ですから、これは読書案内ではありません。むしろ、私自身のバーチャル本棚の紹介に近いものです。繰り返し読んだ児童文学から好きな漫画、小説から研究書まで、雑多な本を選んでみました。強引なこじつけも含めて寛大な心で見ていただければと思います。


B. 「はじまりの本」は岩波書店の本から選ぶ
「芋づる式!読書MAP」の本家本元は岩波新書の企画です。本家に敬意を表して(?)、このマップでも「はじまりの本」は岩波書店の本を選んでみました。岩波新書だけではなく、岩波ジュニア新書や岩波現代文庫からも選出しています。

芋づる(宇野、改訂)

「はじまりの本」には、自分が高校生のころに読んだ本や、高校生の自分に薦めたい本を挙げました。いずれも書店や公立図書館で容易に入手できる本なので、興味を惹かれるものがあればぜひ手にとってみてください。

①津野田興一『世界史読書案内』岩波ジュニア新書、2010年。

著者は高校の世界史教員で、この本は単元ごとに関連書籍を紹介する「世界史読書案内」という授業プリントがもとになっているといいます。紹介されている本は岩波ジュニア新書などの比較的読みやすいものから、研究書やウンベルト・エーコ『薔薇の名前』のようにかなり歯ごたえのあるものまで様々です。

ですが、いずれも世界史を楽しく学ぶきっかけにつながる本ばかりです。ちなみに、このマップでは「C. 『世界史読書案内』に紹介されている本とは被らせない」というルールも設けています。


②スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』岩波現代文庫、2016年。

この本についてはすでに当団体のメンバーが秀逸な書評を書いているので、とくに付け加えることはないのですが……。

1947年生まれの著者が第二次世界大戦で戦闘に参加したり、戦場で働いた女性たちに行ったインタビューを集めた本書は、ソ連で「大祖国戦争」と呼ばれる第二次世界大戦について、それまでのソ連では表立って語られてこなかった側面を丹念に描いた貴重な証言です。胸が苦しくなるような告白から日常のささやかな思い出まで、様々なエピソードが克明に語られています。


③池上俊一『パスタでたどるイタリア史』岩波ジュニア新書、2011年。

この本も、すでに当団体のメンバーが「おすすめの本」として紹介しているものです。

「パスタ」という身近な食材から、イタリアの通史をたどるとともに、現代のイタリア国家という枠組みを超えた視点も提示されています。たとえば、いまやパスタとは切っても切れない関係にあるトマトも唐辛子も、もともとはヨーロッパに存在しなかったものの「新大陸」から持ち込まれた食材です。グローバルな視点をもってひとつの料理を眺めることができるおもしろさ、パスタから見通すことができる世界の広がりに心躍る読書を経た後には、世界史がもっと面白く感じられるのではないでしょうか?

また、このマップには載せていませんが、同著者による『お菓子でたどるフランス史』もおすすめです。


④木畑洋一『20世紀の歴史』岩波新書、2014年。

イギリスの歴史家ホブズボームが唱えた、1914年から1991年までをひとつの時代区分とみなす「短い20世紀」論は有名です。一方この本では、アフリカ分割が列強の主要な関心事となり、帝国主義の時代が幕を開ける1870年代から、アパルトヘイト終結宣言等によって帝国主義の時代に区切りがつく1990年代初頭という時期を、ひとつづきの「長い20世紀」として把握することが提唱されます。著者は、「帝国」―「支配領域が広大であったり、支配圏が拡大傾向を示す」、「民族的・文化的に多様な人々を含」み、その中心部分が他の周縁部分に対して支配的な立場にあるような政治体―が競合しながら世界を覆った時代としての20世紀を、「中心」と「周縁」の双方を見据えながら鮮やかに描いています。


⑤池田嘉郎『ロシア革命――破局の8か月』岩波新書、2017年。

2017年には、ロシア革命から100年を記念して関連書籍が多数出版されました。この本もそのうちの1冊です。二月革命で成立した臨時政府がロシアの舵取りに挫折し、ボリシェヴィキによる十月革命に至る過程が活写されていますが、個人的に印象深いのは、「ひとは互いに譲りながら、あい異なる利害を調整できる制度を粘り強くつくっていくしかないのだ」という結びです。これは私の勝手な推測ですが、先日Webメディアシノドスに掲載された論考とも、市民社会に信をおく(あるいは、おこうとする)という態度が通底しているようにも感じます。



本当はすべての本を紹介したいくらいなのですが、それではとんでもない字数になってしまうので、それぞれ①から⑤までの「はじまりの本」と直接つるがつながっている本に絞って、簡単に紹介してみます。

芋づる(宇野、改訂)


①『世界史読書案内』からつながる本:歴史を「なぜ」「どのように」学ぶのか?
E. H. カー『歴史とは何か』およびマルク・ブロック『歴史のための弁明』は、歴史学を勉強している人なら必ず一度は読むのではないでしょうか。いずれも、歴史家が「なぜ歴史を研究するのか?」という問いに真剣に答えた本で、歴史学を学びたい人にとっては必読の2冊です。


『史料学入門』は、かつて東京大学の1年生向けに開講されていた「史料論」という授業のテキストとして作られた本です。歴史学は、史料をもとにして過去を明らかにしようとする学問です。したがって、歴史学は史料がなければ始まらない学問であり、史料をどう扱うかが決定的に重要な学問でもあります。史料をどう扱うか、どう向き合うかという問題について、専門の地域や時代が異なる研究者たちがそれぞれのアプローチを示しています(余談ですが、私は「史料論」を受講したくて文科三類に入学したところ、自分の入学年度に授業が改組されて史料論が消滅しており驚きました)。


一方で京都大学の西洋史学専修が編んだ『人文学への接近法――西洋史を学ぶ』は、より「実用的」な面も含めて、「大学で学ぶ西洋史」を紹介しています。たとえば、「学科の授業ではどんなことをするの?」とか、「西洋史を勉強して、就職につながるの?」といった疑問に答えているのは、ほかの歴史学の入門書にはなかなかない特徴でしょう。また、充実した文献案内も収録されています。①とは異なり「西洋史」の文献案内で、また本格的な研究書の紹介が多いという違いもありますが、歴史に興味がある人にとってはとても役に立つ道案内になるでしょう。


②『戦争は女の顔をしていない』からつながる本:戦争の記憶と女性への注目
アレクシエーヴィチが取材した兵士たちが戦った第二次世界大戦は、ソ連・ロシアでは「大祖国戦争」と呼ばれています。しかし、現在この戦争に対する見方は、ソ連解体を経て成立した国々の間でも大きく異なり、ときには激しく対立しています。橋本伸也『記憶の政治』は、現在のロシアやバルト諸国での第二次世界大戦観の差異と、それに関連する政治的な対立を分析した研究書です。


また、女性兵士たちの経験をより大きな地図に位置付けることもできます。『ブラッドランド』の著者ティモシー・スナイダーは、ソ連とナチス・ドイツという二大勢力に挟まれた地域(現ウクライナ・ベラルーシ・ポーランド・バルト諸国・ルーマニア北東部など)を「ブラッドランド Bloodlands」と定義し、この地でもたらされた暴力は、ソ連とナチス・ドイツの相乗効果によるものだと主張します。②で描かれるウクライナやベラルーシでのパルチザンたちの凄絶な戦いは、「ブラッドランド」が経験した数々の暴力の一部としてもとらえられるのです。

アレクシエーヴィチは、ソ連中を巡って女性兵士たちへの聞き取りを続けました。『私にはいなかった祖父母の歴史』の著者イヴァン・ジャブロンカも、無名の人物である祖父母の人生を明らかにするにあたって、当時を知る生存者からの聞き取りという手法も採用しています。ポーランド出身のユダヤ人で、1930年代にフランスへ亡命したのちにアウシュヴィッツ強制収容所で亡くなった祖父母の人生を、緻密な史料調査と聞き取りに基づいて再構成する手法は圧巻ですが、ジャブロンカ自身の調査の過程そのものも叙述の対象にしている点で、読み物としても非常に読みごたえがあります。

戦争中の女性の経験という観点では、終戦後に夫と生き別れて3人の幼子を連れて満州から引き揚げた壮絶な実体験を綴った作品である、藤原てい『流れる星は生きている』ともつながっています。


一方で、竹良実『辺獄のシュヴェスタ』は、16世紀半ばの神聖ローマ帝国が舞台の育ての親を魔女狩りで殺され、修道院へ入れられた少女エラが、復讐を誓って修道院での厳しい試練を生き延びようと戦う歴史漫画です。時代も地域も戦う理由もまったく異なりますが、戦う女性の姿を描いているという点で、個人的には②と通底したものを感じます。

②では、「女性兵士」という立場に対する様々な視線も印象的です。志願した女性たちが「どうしても自分の手で祖国を防衛したい」という思いを熱を込めて訴えた一方で、彼女たちと肩を並べて戦った男性兵士は戦後「我々男は女の子たちが戦っていることについては罪の意識を感じていた」と述懐しました。さらに、戦後には女性兵士たちがいわれのない中傷や差別を受けたということにも言及されます。「男性の場所」とみなされていた戦場に志願した女性たちが自らをどのようなものとみなしていたのか、また社会は彼女たちをどのように扱ったのかという問題は、ジェンダー史の研究対象としても非常に重要です。また、『パスタでたどるイタリア史』における、パスタが母性と結び付けられたことへの指摘もまた、ジェンダー史的な観点から興味深いものだといえます。


③『パスタでたどるイタリア史』からつながる本:イタリア史と民衆、そして国民へ
この本で印象的なテーマの一つは、イタリアの中世農民の生活と、彼らがパスタに投影していたイメージです。阿部謹也『ハーメルンの笛吹き男』もまた、だれもが知る有名な伝説を通じて、中世ドイツの農民の生活する世界を鮮やかにえぐり出しました。一方でカルロ・ギンズブルグ『チーズとうじ虫』は、イタリアのある村での裁判記録をもとに、異端として処刑されたある農民の世界観を描き出した研究です。

そして③では、近代イタリアでは、パスタが国民形成において重要な役割を演じたことが示されます。エドモンド・デ・アミーチス『クオーレ』もまた、イタリアが国民国家形成の努力を積み重ねていた時代に書かれた児童文学です。


④『20世紀の歴史』からつながる本:帝国と国民形成
小熊英二『<日本人>の境界』は、戦前~沖縄返還までの日本における「日本人」の境界や、「日本」と「植民地」の境界がどのように設定されたのか―あるいは、「誰が日本人で、だれが日本人ではないのか」がどのように決められたのかを、沖縄・台湾・朝鮮の統治政策を通して明らかにした重厚な研究書です。

これらの地域は、戦前の日本においては「周縁」の地位をあてがわれたといえますが、この3つの地域の間にもヒエラルキー的な位置づけをめぐる緊張関係が存在しました。上で述べた帝国の「周縁」における力学に注目しているという点で、世界全体を見渡しながらも「沖縄・南アフリカ・アイルランド」に注目して帝国支配の重層性を提示している④と重なるところが多いでしょう。


④はイギリス史の専門家が20世紀の世界史を描いた本ですが、一方で近藤和彦『イギリス史10講』は、同じく岩波新書から出版されたイギリス史の通史です。この本は、通史として面白いというだけでなく、近世国家の説明において「礫岩国家」という比較的新しい概念を紹介している点もとても興味深いです。

トニー・ジャット『ヨーロッパ戦後史』はその名の通り、1945年から2000年代初頭までのヨーロッパの通史です。④とは時代的に重なる部分も多いですが、まったく違う視点から「ヨーロッパの衰微の歴史」が描かれています。


また、柴宜弘『ユーゴスラヴィア現代史』は、近代から1990年代半ばまでのユーゴスラヴィア通史です。ユーゴスラヴィアは、第一次世界大戦後の「セルボ・クロアート・スロヴェーン王国」成立から1991年のユーゴスラヴィア紛争勃発まで、「短い20世紀」と重なるように節目を迎えてきた国家でもあります。20世紀を論じるうえで、ユーゴスラヴィアの歴史はキーポイントのひとつになるでしょう。


⑤『ロシア革命——破局の8か月』からつながる本:革命の理想とソ連の解体
ロシア革命の引き金を引いた第一次世界大戦は、ヨーロッパ全体の地図を大きく塗り替えました。戦中・戦後にヨーロッパを吹き荒れた暴力の嵐を1917年から23年というスパンでとらえたローベルト・ゲルヴァルト『敗北者たち』では、ロシア革命とそれに続く内戦は、この時期の暴力の始まりをしるしづけるできごとです。


革命後のロシアでは、社会主義の理想を様々な方法で実現しようという試みが花開きました。河村彩『ロシア構成主義』は、そうした試みのひとつであり、世界中の芸術・文化に大きな影響を与えた革命芸術の挑戦を跡づけています。特装版の装丁は最高に格好いいので、運よく書店で見かけたら絶対に購入しましょう!(ダイレクトマーケティング)


②では、二月革命で成立した臨時政府と各民族の間での民族政策を巡るせめぎ合いが描かれますが、一方でテリー・マーチン『アファーマティヴ・アクションの帝国』は、ロシア革命を経て成立したソ連でレーニンやスターリンのもと行われた民族政策を実証的に追っています。マルクス主義的な歴史観のもと、インターナショナリズムに至る歴史の一段階として「民族」の形成をめざしたソ連の挑戦と挫折は、他地域のナショナリズムに関心がある人にとっても興味深く、示唆に富む事例です。


塩川伸明『民族とネイション』もロシア・旧ソ連地域の専門家の手になる本です。しかしこちらは「ネイション」や「エスニシティ」といった基本概念の整理から、近代~現代に至るナショナリズムの歴史と諸問題の提示まで、ナショナリズム研究全体を概観しています。


1917年のロシア革命を経て1922年に成立したソ連は、周知の通り1991年に崩壊します。溪内謙『現代史を学ぶ』は、ロシア近現代史、とくに1930年代ソ連を専門とする著者が、「歴史」のなかでもとりわけ自分たちの時代に近い「現代史」を研究することの意義を論じた本です。ソ連解体直後に著されたこの本は、著者自身の「何のためにソ連史を研究するのか?」という差し迫った問題意識を抱いて書かれたことがうかがえます。

駆け足になりましたが、マップでとりあげた本の一部を紹介しました。読んでくださった方にとって、思いがけない出会いとなる本はあったでしょうか?これから夏休みを迎える方も多いと思いますが、そんなときに手にとってみたいと思える本があれば幸いです。

(文責:宇野)


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