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くちなしや奇譚~小棹と洗蔵~第3話「告白」

夜空を見上げて

「わあっ、美しかあ~っ」

満天の星を見上げてうたちゃんが感嘆の声をもらした。



「洗蔵さんは、いい人がおらすとでしょ」

星空にうっとりした弾みで口に出してしまったようだ。

どうやらうたちゃんは、洗蔵さんに助けられたとき、颯爽とした姿を目の当たりにして心ときめいたらしい。

すると

「ああ、実は少し前に嫁をもらったところたい」

と嬉しそうな声で答えた。

月形洗蔵は、2年ほど前に祝言を挙げていた。
真面目一辺倒だから女心には疎い。

「おうたさんや小棹さんこそ、よか人がおるとやろ?」

洗蔵に悪気はないが、その問いで空気が変わった。

「わたしは・・・でもどりやけん」

小棹が辛そうに口にしたので、雅楽がしまったという顔をした。

「小棹ちゃん・・・もういいけん」

「んにゃ、聞いてほしかと。今やったら話せそうやけん、聞いてほしかと。二人には分かってほしかけん」

洗蔵も雅楽も、覚悟を決めたような小棹の口調に圧されて固唾を飲む。

小棹の告白

小棹は18歳となり、ほんのこの前、2月に嫁いだが、12月には離縁された。



小棹が嫁いだ、山本善次郎についてはどのような人物か詳しい記録はない。久留米藩士の家に生まれた幕末の剣豪・松崎浪四郎について書かれた『剣士松崎浪四郎伝』(著者:園田徳太郎著/1957年出版)のなかで「高山峰三郎氏の批評・山本善次郎氏の話」にその名が出てくるが、同一人物かは分からない。


「あの人は、善次郎さんは優しか人やった・・・」

小棹の胸に思い出が蘇る。

当時、父・真木和泉は久留米藩における尊王攘夷派の失脚にはじまった弾圧「嘉永の大獄」により、すでに謹慎処分を受けていた。世間からすれば罪人である。その娘である小棹を嫁にもらってくれた山本善次郎という男の真意を確かめる術もないが、小棹には優しくしてくれたようだ。

義理の母は昔気質の人で「妻たるもの夫を大切にし、家のために尽くさないかん。不満などもってのほかたい」とくどくど聞かされた。手紙や書を読んでいると「おなごは学問より、縫い物を覚えんね」と厳しい。

「よかよか。小棹はもっと学べば紫式部みたいになるかもしらんばい」

そうやって善次郎がかばうので、義母もそれ以上はうるさくいうこともなかった。

夫婦仲もそれなりによかった・・・あの忌まわしい出来事が起きるまでは。


「グワッ、グワッッ、グワーーー」

獣のような叫び声に驚いて小棹が駆けつけると、善次郎が何かをつかまえていた。

カラスが子猫を襲おうとしていたので、鮎漁に使う投網を咄嗟に投げたという。

驚いたカラスが逃げようと暴れるので、善次郎は網の上から足で何度か踏みつけた。

大空をのびのびと飛ぶときとは違い、逃れようとして必死の鳴き声を出していた。

やがて「グワッーーー」と最後の声を発して動かなくなり、あたりは静かになった。

善次郎は浮かぬ顔で、「埋めといてやれ」と言い残してその場を離れた。

まさかカラスの亡骸を土に埋める羽目になろうとは・・・・。小棹も思わぬ展開に呆れつつ、手を合わせた。

そんな自分を誰かが見ているような気がした。義母が騒ぎに気づいて様子を見に来たのだろうか・・・。

視線を感じて振り向くと、カラスが二羽、こちらを恨めしげに見ているではないか。


「三羽ガラス」

本能寺の変で織田信長を討たんと真っ先に攻め込んだ三人の武将を「明智三羽烏」と呼ぶ。江戸幕末期にすでにその呼び名があったならば、小棹はそうつぶやいたかもしれない。



その夜、小棹は夢を見た。

「よくもうちの旦那をあんな目に遭わせてくれたね」

恨めしそうなカラスの目とともに、そんな声が頭のなかで語りかけてくる。

「違うと。あれは子猫を襲っていたから、うちの人が助けようとしてつい・・・」

「つい?つい足で踏みつけて殺すのだな、お前たちは」

「違うと。違うと・・・」

夢のなかで叫ぼうとして声が出ず、目が覚めた。小棹はかなりうなされたのか、汗で寝巻がぐっしょり濡れていた。

その日は、善次郎が居なかったので、気づかれることはなかった。小棹はその後もしばしばそんな夢を見るようになったのだ。

しかも日増しに夢は生々しくなっていった。

「小棹、小棹・・・。なぜ殺した。この子は父なし子になってしまったのだぞ」

カラスは夢とは思えぬほどハッキリとした言葉で、話しかけてくる。その夢のおかげで心労が溜まり、食欲もなくなってきた。

やつれていく小棹を見て、善次郎ばかりか義理の母まで心配しはじめた。

だが、小棹も当の善次郎ではなく。カラスを葬った自分だけが悪夢にうなされているとは言い辛い。

一つには、心当たりがあるからだ。小棹は子どもの頃から、勘が鋭かった。それも人には言えないような、悪い予感ばかりだ。

そんなある夜。

「小棹、小棹・・・。このままでは済まないよ。お前が子どもを産んだら、きっと父なし子にしてやる」

やはり夢を見た。

「やめて!」

叫んで目を覚ました小棹を、隣で寝ていた善次郎が案じた。

「どげんしたっ」

「すみません、ちょっと怖か夢ばみたもんやけん」

咄嗟に平静を装ったが、顔色がよくない。

「お医者さまにきてもらったほうがよかっちゃない」

駆けつけてきた義母も只ならぬ様子を察したようだ。

「いえ、ほんとに大丈夫やけん」

小棹はとにかくその場を納めようとした。

ことが大きくなっては、いつか事実を話してしまうかもしれないからだ。

小棹はそれからも毎日のようにカラスの夢を見た。

夜になると眠るのが怖くなってしまい、とうとう憔悴しきって倒れてしまった・・・。

離縁の真相

星空のもと、夜道を歩きながら、雅楽と洗蔵に悪夢のことを語った小棹。

「だけん、離縁されたとやなくて、わたしから暇をもらったとよ」

そう真相を明かしたが、まだ何か言いたげだった。

先に雅楽が口を挟んだ。

「今日、あぜ道を歩きよったときに、仕返しに来てふんを落としたのが、まさか同じカラス・・・」

「たぶんそう。あの時は、うたちゃんに何かが起きそうな胸騒ぎがして、咄嗟に袖を引っ張ったけん。カラスのことはよく見てなかったけど」

「わたしは子どもの頃から、胸騒ぎがしたら、ほんとに何かが起きると。それが嫌で・・・」

小棹は顔を曇らせた。


嘉永3年6月、筑後川が氾濫して久留米藩では沿岸の田地が池のようになり、多くの家屋が流され、大飢饉に見舞われた。

まだ幼かった小棹は、青空が見えていたにもかかわらず、何かとんでもないことが起きそうで「怖か、怖か」と口走って落ち着かなかった。

大人たちは、何を怖がっているのか意に介さず、なだめるばかりだった。

その後、みるみる雲行きが怪しくなって大雨が降りはじめた。小棹は、洪水に飲まれた町を見て、頭の中に出てきた光景と同じことに気づいた。自分は何か悪いことを引き寄せるのではないかと直感して、子どもながら「これは人には言わんほうがよか」と肝に銘じたのである。



「それが、カラスが夢に出てくるようになってから、もっと勘が鋭くなった気がすると」

「だけん、千灯明祭のときも、境内に入った途端に駆け出したとやね」

「ごめんね。うたちゃんまで巻き込んでしもて。そして洗蔵さんまで」

小棹の告白を聞いて、洗蔵は何かを考え込んでいた。


#創作大賞2023
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#ファンタジー小説部門
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第一話「予感」 小棹の胸騒ぎ

第二話「出会」 侍の正体

第三話「告白」 離縁の真相

第四話「禁断」 洗蔵の独白

第五話「梁山泊」 山梔窩での密談

第六話「落武者」 謎の祠での死闘

第七話「怨霊」 按察使局伊勢とカラス

関連作品

『神官と秀才、幕末の京に散る ~真木和泉、久坂玄瑞の絆~』


※画像は『イラストAC』より「星空に向かって願い事をする女性たち 作者:ハカセマン」および「残雪御嶽山の夜空4 作者:kappa vovosa」。


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