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「ミーコの首輪」野良猫ミーコの人生

その猫はメスのキジトラでした。私たちの住宅にひょっこり現れて以来、住みついてしまったのでした。私たちはその猫をミーコと名づけました。ミーコは人懐こくて、ミャアミャアとよく鳴く猫でした。

ミーコは捨て猫のようでした。なぜなら、古びた青い首輪をしていたからです。私たちは、それぞれの親にミーコを飼えないかと頼んでみることにしました。

私もさっそく母に頼んでみました。しかし母は、

「また同じ思いをするのは耐えられないから」

と首を横に振りました。というのも、ミーコが現れる少し前、我が家では愛猫が病死したばかりだったのです。母の気持ちもわからなくありません。ですから私は、ミーコを飼いたい気持ちでいっぱいでしたが大人しく諦めることにしました。

そんな中、ミーコに新しい飼い主が現れました。私たちの住宅で一番角の家のR子です。

私たちはミーコを胸に抱くR子を羨ましく思いました。みんなミーコを飼いたいと両親に相談してみたにもかかわらず、誰もOKしてもらうことができなかったからです。

特に羨ましかったのは、ミーコの首元でひときわ目立つ赤い首輪でした。以前の青い首輪は外されて、代わりにR子が用意した赤い首輪をつけていたのです。

小さな鈴が付いているので、ミーコが歩くたびチリリとかわいらしい音をたててなるのです。もしかしたら、自分がその首輪をつけてあげたかもしれない。そうと思うと、私たちはR子が羨ましくてしかたないのでした。

だけど、内心みんなほっとしているのでした。なぜなら、もしもこのまま誰もミーコを飼うことができなかったら、ミーコは永遠に野良猫であり、ひもじい思いをするに違いないと心配していたからです。

それに、野良猫に餌を与えるという行為は、大人たちには喜ばれません。だけど飼い猫なら、堂々と餌をあげたり、一緒に遊んだりすることができるのです。

それから1年ほどがたちました。ある日、R子が引っ越しすることが決まりました。私たちは、R子にさようならを言うと同時にミーコにもお別れをしました。ミーコは本当に人懐こくてかわいらしく、私たちの中では、アイドルのような存在でしたから。

子どもにとって「触らせてくれる猫」というのは嬉しいものです。たいていの猫が警戒心が強く、特に子供には触らせてくれないことが多いからです。

しかし、ミーコは自分から私たちに近づいて来て、頭や身体を触らせてくれるのです。ひょっとしたら、彼女は寂しがり屋だったのかもしれません。

とうとうR子は引っ越してしまいました。どこへ行ったかは覚えていません。しかし、一戸建ての今より広い家に住むらしいといことは聞いていました。(私たちの住宅はとっても古かったのです!)

さようならR子、さようならミーコ。私たちは、新しい土地でも、ミーコが他の猫と上手くやっていけるようにと祈るのでした。

最初はみんな信じられませんでした。しかし、ひとり、ふたりと確かめに行っては、不安な顔をして戻って来るので、私もこの目で確認しないと気が済まなくなりました。

「ミーコがいるよ」

噂を聞いた私は、そんなわけないと思ったんです。だけど、空き家となったR子の家に着くと、幼い私にも、何かがおかしいとすぐにわかりました。玄関の前に積まれた缶詰のキャットフード。ミャオミャオと鳴くミーコの姿。

ミーコがいる。それは、子どもたちだけではなく、大人たちにもあっという間に広がりました。次から次へと、R子が住んでいた空き家に様子を見に来ます。

「猫が缶詰を開けられるわけがないじゃない」

母が吐き捨てたのを覚えています。確かに、ミーコが自分で開けられるはずがありません。ということは、これはR子から私たちに向けての「連れて行けないからあとはみんなで餌をあげてやってくれ」というメッセージだったのです。

裏切られた気分でした。ミーコも異変に気づいている様子で、R子が置いていった缶詰のそばで、しきりにミャオミャオと鳴いています。飼い主のいない玄関に向かって、そして、私たちに向かって。

私たちは、R子がミーコを迎えに来るのかもしれないとも考えました。自分たちが先に行って、あとからミーコを迎えに来るということです。なぜなら、ミーコはあの赤い首輪をしたままだったからです。だけど大人たちは、きっぱりと否定しました。

「捨てていくなんて、信じられない」

R子一家に失望した大人たちは、一人、また一人と空き家を去って行きました。私たちは、その場にぽつんと残されました。ミーコはどうなってしまうのでしょうか。誰も答えを知りません。

とうとう、R子はミーコを迎えに来ませんでした。

私たちは、ミーコの姿を見るたびに、彼女に食べ物を与えました。大人たちも事情を知っているので、餌をやることについて何も言いませんでした。

ミーコは自分が捨てられたことを理解しているようでした。私たちよりももっと先に事実を受け入れていたようです。だけど、不思議と寂しそうな様子はありませんでした。むしろのびのびとしていて、私たちの顔を見ると、いつものように近づいてきてミャオンと鳴くのです。

「引っ越した先で、今度は犬を飼っているらしいよ」

R子の噂は、小学校でも広まっていました。私は、この世の中にR子のような人がいることが、信じられませんでした。みんなR子が大嫌いになりました。R子が住んでいた空き家も、なんだか憎くなって仕方がないのでした。

R子が引っ越してから、1~2ヶ月ほどたったある日のことです。私はちょうど一人で家の庭に出ていました。すると垣根越しに、隣の家の芝生にミーコが遊びに来ているのを見つけたのです。隣の家は空き家でした。

その日はよく晴れていて、ミーコは日向ぼっこでもしに来たようでした。そんなのんびりとくつろぐミーコの姿を眺めていた私は、ふと、ミーコの首にまだにあの赤い首輪がついているのに気づきました。

その時、私はある疑問と不安に襲われました。それは、この先ミーコの身体が成長していって、あの首輪がどんどんきつくなってきてしまったら、ミーコの首を絞めつけはしないだろうか?ということです。

次の瞬間、私は急いで部屋の中に戻るとハサミをひっ掴みました。そして、垣根を潜り抜け隣の芝生に入りました。ミーコはリラックスした様子で眠そうな顔をしていました。私はミーコをそっと押さえて、R子がつけた赤い首輪をチョキン!と切ってしまいました。

ああ、これで一安心!ほっと胸を撫で下ろし、家に戻ろうとしたとき。驚きました。ミーコは私の足に頭をすり寄せて、今まで聞いたことのないような嬉しそうな甘えた声で、ミャオミャオンと鳴き続けるのです。

猫ってこんなに甘えるものかしら?私はあの時のミーコの鳴き声を忘れられません。まるで人間のように感情のこもった心からの声なのです。

ミーコがあまりにも、私の足に頭を押しつけてくるので、子どもの私はよろけてしまいました。ミーコはずっとあの赤い首輪がイヤでイヤでたまらなかったのではないでしょうか?R子が自分の猫だと主張してつけた赤い首輪。ミーコにとっては、自分を不幸に貶めたくだらない革紐でしかなかったのですから。

信じて頂けないかもしれませんが、あの時、確かにミーコは私に喋ったようでした。喋ったといっても、耳にはミャオンとしか聞こえませんが、間違いなくある言葉となって、私の胸に響いてきたのです。浮かび上がるといったほうが適切でしょうか。心に温かい泉が湧いたような気持ち。

ミーコはこんなことを言っていました。

(ありがとう)

最後までお読みになってくださり、ありがとうございました!!このお話は実話です。

子どもの頃に経験したことをずっと伝えたくて、10年以上前にブログでも公開したのですが、書き直して今回noteで発表させていただくことにしました。

今思えば、ミーコが小さかったのはメス猫だったからで、子猫ではないので、これ以上大きくなることはなかったんですよね。我が家で飼っていたのはオス猫でしたから、子どもの私は、ミーコもいずれそのくらい大きくなるのだと勘違いしていたのです。

ミーコは小悪魔みたいな人懐こいかわいい女の子でした。あれから間もなく、私たち家族もマンションに引っ越してしまったのですが、ミーコはそれからも、今でいう地域猫として住民にかわいがられていたようです。

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