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何者かによる陣屋の襲撃!(其の壱)

僕が十四歳のときだった。ざあざあと降りしきる雨は、ときどき強風に吹かれては、陣屋の中を暴れ回るように飛沫を散らした。時刻は四つ時。誰もが静かに眠っていたときだった。

突然の発砲に僕は飛び起きた。なにやら騒々しい。僕は、これは浪人が入ったんだとピンときた。万一負傷したり、もしくは死んでしまえば犬死じゃないか!僕は急いで弟を起こしに向かった。

弟はすでに目を開けていて、不安そうに身体を起こしていた。

「浪人が入ったかもしれない。すぐに逃げよう」

青白い顔をして弟は頷いた。僕ら急いで裏門に向かった。

「先に行っていろ。目付役の渡辺さんの場所はわかるね?」

「兄上は?」

「俺は刀を持ってくる。丸腰で逃げられるか。さあ、早く行くんだ!」

僕は弟の尻をぐっと押しやると屋敷の中に戻った。
弟の前では冷静を装っていたけれど、本当はすごく怖かったんだ。いつかこういう日が来るかもしれない。覚悟はしていたけれど、いざその時になると怖いものだった。

自分の部屋に戻ると、まずは袴をつけた。震える気持ちを引き締めて、とにかく生き延びることを考えた。

(真與(まこと)くんは無事だろうか……)

真與くんとは、僕の隣の屋敷に住んでいる少年だ。僕らは荻野中山藩の士族屋敷に住んでいた。

(真與くんはまだ十歳だ。いくらなんでも幼い子供を殺すだろうか?)

頭の中であれこれ思案しながら大小の刀に手を伸ばし、腰に差そうとしたそのとき。

「ん?」

気配を感じ咄嗟に刀を抜きかけた。どこから入ってきたのだろう?一匹の三毛猫がうずくまるように座りながら、三日月のような細い目で僕のことをじっと見ている。それがなんだか人間のようで、僕はこいつが何か喋るんじゃないかとゾッとしたくらいだ。

「お前も早く逃げろ。浪人が入ったんだ」

僕はそう小声で三毛猫に話しかけると、刀を差し直して裏門へと走った。暗闇の中、猫の細い目だけがやけに黄色く光っていた。

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先に逃がした弟が、ちょうど目付役の渡辺さんの家に着く頃、僕も同じようにして到着した。弟は震えていた。僕は弟を自分の身体にかばうようにぴったりと付けた。

「渡辺さん、僕です。政立です」

「政立じゃないか!無事だったんだな!えらいこっちゃ、陣屋が襲撃されたんだ」

渡辺さんはすでに起きていて、僕らと同じように恐怖の表情を見せていた。目付役といったら、今でいうところのお巡りさんだ。大人でさえこんなに怖がっているんだから、この荻野山中藩の陣屋襲撃事件は、今思い出しても本当に恐ろしい出来事だったんだ。

僕と弟が家の中に入ると、渡辺さんの奥さんが二人の子供たちをあやしていた。

「政立さん!」

奥さんは僕の顔を見ると涙を流した。息をつく間もなく、僕は話し出した。

「逃げましょう。父上や母上のところまで一緒に行きましょう。まずは名主の石井さんのところまで行くんです。石井さんにも知らせておかないと」

「そうだな。石井さんのところまで行こう」

そう返事をした渡辺さんは、恐怖心でどこか目がうつろだった。

「奥さん、渡辺さんの分の荷物もまとめてください。渡辺さん、ここに気付の薬があります。飲んでください。父上が持たせてくれたものなんです」

僕の父親は、荻野藩の専属医だった。僕は印籠の底をパカリと開けた。

「水をもらいますよ」

そして水を汲んでこようと台所に向かい、水甕の前まで来て立ちどまった。

「しまった。湯呑か何かを持ってくればよかった」

ええい!柄杓のままでいいと、甕の中の水を柄杓で掬ったとき、

「おい、これじゃないか?」

鼻が詰まったような変な声が聞えた。

「うわぁ!」

お世辞にも綺麗な声とは言えない声にゾッとして、僕は心臓が飛び出るほど慌てて、柄杓を放り投げてしまった。

「おいおい、何をやっているんだよ。その水であの目付役に薬を飲ませるんだろう?」

そう話しかけるのは、先ほど屋敷の中で見た三毛猫のようだった。裏返して積んである桶の上に座って、偉そうに足なんか組んでいる。

「あの目付役が腰を抜かしたままでもいいのか?」

三毛猫は目を細め、前足に引っかけていた茶碗をくるくると回した。

「ば、ば、化け猫め!」

僕は刀を抜こうとした。が、刀は鞘からぴくりとも動かない。焦って何度も抜こうとするが、びくともしないんだ。仕方がないので、腰から鞘ごと引き抜いて、そのまま柄(つか)で殴ってやろうとした。

「おい、物騒な真似はやめろ。そんなことして何になる。お前さんたちは、これから名主のところに行くんだろう?」

そう言って、猫は前足をちょっと動かした。すると、引き抜いたはずの刀が僕の腰にぐん!と戻ってきたのだ。呆気にとられている僕を見て、猫は虚無僧のように茶碗を頭に被り、ミャッと鳴いた。

「真與の兄貴たちは殺されたみたいだな」

猫はまた目を細めた。

「なん……だって……?」

「真與は無事だよ。あいつはまだ十歳だしな」

「お前っ!この無礼者!」

僕は化け猫を捕まえてやろうと飛びかかった。猫はひらりと身をかわし、僕は桶を踏んづけて危うく転びそうになった。

「まあそう怒るなよ。真與だけも無事でよかったじゃないか。そういう時代だ。それに俺は、浪人とは関係ないぜ。俺は妖怪の中でも特別な猫又だ。なんたって雄だ。三毛猫の雄は珍しいんだぜ」

化け猫はまたミャッと鳴いた。土砂降りだった空の雲が切れて、月の光が差しこんだ。すると、猫は月明りに溶けるかのように、すぅっと消えてしまった。

「……っ!!」

目の前にいたはずの化け猫はもういない。

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9月連載スタート・毎週金曜日 投稿/幕末時代物語『天翔る少年』妖怪猫又に導かれゆく

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