#3 僕目線の「徒花と咲いて散っていく」きみへ
どうも。青のすみかの歌詞を読めば読むほど、もう原作に対して語ることはできねぇ!!と感じるほどの歌詞の解像度に脱帽して感想を記事にしてしまったゆっここと眠飴です。以下自分の呪術廻戦の勝手な解釈と歌詞をリンクさせた感想になります。
僕が主役の歌詞
キタニタツヤさんのインタビューにて
これは「大人になった礎」の歌詞。
つまり"僕"と名乗る人物は28歳の五条悟目線の歌詞であり、既に他界している夏油傑が持つことのない視点の歌詞だと解釈できる。
五条悟という人間性
呪専時代の五条悟は「他者への関心の低さ」「共感力の浅さ」が人間性を幼くさせていることが垣間見えている。そんな五条悟を変えていくきっかけになったのが、初めて彼のパーソナルスペースに入り込んだ夏油傑という人物であり、自他の境界線を曖昧になる事で「2人で最強」で「自分と君は同じ」だと。幼い彼らの「恋」にも近しい美しい錯覚を起こす。そんな刹那的な部分が青のすみかの全体像、呪専五条悟の一貫した目線なのではないだろうか。
そして五条悟の「映画0」や虎杖悠仁に対して「青春は若人の特権」と自分の過去は「不都合もの」ではなく肯定するかのような発言をしていることからも”今でも僕の中では青が澄んでいる”と歌詞が示唆しているように思う。
歌詞に触れる
○歌詞全体が懐玉・玉折の物語の流れとリンクしてると仮説を前提に語っていく
・1番Aメローこの日々が色褪せる僕と違うきみの匂いを知ってしまっても
1番の歌詞は夏油と過ごした青春の日々と夏油の離反行動から自分と彼は違うことに気づいてしまった五条の心情までを指しているし、
「僕があいつの匂いを間違えるわけないだろう」という台詞と「2人は最強」から分離して能力も思想も、相反していたことに気付いたダブルミーニングが「僕と違う君の匂い」には詰まっている。(うっ)
・2番Bメローあの日から少しずつきみと違う僕という呪いが肥っていく
そして五条悟が”最強”と成ったあの日から、夏油傑の中で肥って行った五条の存在は、もはや「夏油傑と喧嘩することも言葉を伝えることも出来なくなっていた。」
むしろ夏油にとって、コンプレックスの存在と成り果ててしまった自分を「僕という呪いが肥った」と喩え、自分という「最強」が周りに与える影響力を体感した面が浮きでてくる。
Cメローきみの笑顔の奥の憂いを見落としたこと、悔やみ尽くして
原作の回想シーン。五条悟の「痩せた?」の台詞からも夏油の変化に気づいてなかった訳ではないだろう。でも彼を善悪の指針にし、そして今でも2人で最強だと変わらず感じていた五条悟にとって、夏油傑の目の奥まで疑いもせず、踏み込もうとしなかった後悔がCメロ
ラスサビ-徒花と咲いて散っていくきみに さよなら
「強く聡い仲間」の台詞が”弱い夏油”と”夏油の変化にすら鈍感な五条の愚かさ”を指している考えると、夏油傑が離反して宣戦布告までしに来たのに「僕(最強)という呪いで、君の夢が無駄にあっさりと散っていく様。」を徒花と喩え、夏油に「能力差で勝ててしまう」という事実を直視している、大人の五条悟の惨さが出ている。一方、夏油が苦しんでいることにも気づかず自分青春を徒花に終わらせてしまった愚かさも同時に批判している歌詞なんじゃないか。
サビ1ー今でも青が棲んでいる、今でも青は澄んでいる。どんな祈りも言葉も近づけるのに、届かなかったまるで、静かな恋のような頬を伝った夏のような色のなか
それでも、今でも五条悟はあの時間や夏油が好きだったし「今でも唯一の親友」であり、あの日出会った君との時間で構成されている「自分」が好きなんだと過去の視点の歌詞から28歳の自分に視点が戻る。
サビ2ーきみを呪う言葉がずっと喉の奥につかえてる「また会えるよね」って、声にならない声
台詞にある「愛ほど歪んだ呪いはない」からこそ、五条悟の一方的な歪んだ呪い「また会えるよね」で夏を縛り付けてしまう言葉は飲み込んだ。(彼を焼き切ることが出来ずに復活させてしまった時点で歪な呪いと化していたのかもしれない。)
と同時に最後に夏油に向けた「親友」が呪いの言葉にならないのは、夏油傑が五条悟という"僕と違う匂いの君"と"僕という肥った呪い"を再び親友という箱に沈めた。
「2人は最強」に還した鎮魂の言葉だったのだろう。
感想
いやぁ解像度の高い歌詞に触れて見事に呪術廻戦に爆ハマりしてしまったという訳です、。
我々大人というのは青春という眩しさを美化した一方で、子供故の劣等感や無神経な言葉は今でも呪いのように突き刺さってコンプレックスのように刺さってる人も多いのだと思う。それ含めての「自分で、貴方」という「礎」になっている。それを五条悟とリンクさせている歌詞の凄さと、同時に呪術廻戦も「呪い」と「言葉の重み」をリンクさせてることから「青春」という呪いに触れたのは意図的な気がしています。まだまだ作者の見据えたゴールがわからないけど、五条悟が過ごした日々の礎がキタニタツヤさんの一曲を通してこんなにも鮮明に感じ取れてしまったことに衝動的に感想を書いてしまったのです。
長々、読んでいただきありがとうございました。
ゆっこ
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