魔法使いナンジャモンジャと空飛ぶバイオリン 1/7
《あらすじ》
ユマとリオナは、田舎町の同じコレージュ(中学校)に通う13才。ある日、老舗デパート「ラ・フォンテーヌ」が突然空を飛びはじめ、町は大混乱に。
ユマとリオナはふとしたことから、この現象と、町で音楽教室を開くブラウンさんのバイオリンとのあいだに関係があることを突き止めます。
何も知らなかったブラウンさんは大慌て。調査を進めると、バイオリンの前の持ち主だった魔法使いナンジャモンジャが、このバイオリンに呪いをかけたらしいことが分かります。
バイオリンの謎と魔法使いナンジャモンジャを追って、ふたりはブラウンさんとともにひと夏の冒険に乗り出します。
12歳のときに書いた小さな本から、続きを書き継いで膨らませた作品。
1.空飛ぶラ・フォンテーヌ
ユマとリオナは、同じコレージュに通う13才。
その日の午後、教室はワイワイガヤガヤ、ほっとした解放感に満ち溢れていた。
試験の最終日。何といっても、今日で全日程が終わったのだ。
ユマがリオナの机のところへやってきて、うーんとめいっぱい伸びをした。
「ふぁー! 終わった終わったあー!」
「終わったねー」
「遊びにいこうよ!」
「いいねー、どこ行く?」
「ラ・フォンテーヌでもいこっか? あたしタンクトップを買いたいんだー」
「よし、行こう!」
2時間後、駅前で待ち合わせた二人は、のんびり店を巡っていた。
ラ・フォンテーヌは駅前の老舗デパートだ。歴史だけは古く、百年以上は経っている。アール・デコ調のレトロな造り。
こんな田舎の小さな町では、遊ぶといってもそう何カ所もない。
誰かのうちに遊びにいくか、ラ・フォンテーヌか、ちょっと隣町まで足を延ばすか、そのくらいだ。
この日も二人はおなじみのコースで、服を見て歩き、アクセサリーを物色し、香水店でサンプルを試し、本屋や靴屋をぶらぶらした。
「この季節、好きー! 夏物の服がいっぱい出てきて、これから夏が来るぞー!って感じ好き」
「分かるー! 夏物の華やかさって別格だよね!」
それからふたりはひと休みして、スタンドでアイスクリームを食べることにした。
ユマはピスタッシュ(ピスタチオ)、リオナはラズベリーのアイス。
ふたりとも、アイスにはコーン派だった。しかも、歯ごたえのある、パキッとしたやつが好きだ。
「どこのメーカーがいちばん好き?」
「うーん、あたしはね…」
のんびり、アイス談義をしていたときのこと。
突然、建物全体がぐらぐらと揺れ出した。
「何?! 地震?!」
二人は顔を見合わせた。
と、誰かが窓の外を見て「飛んでいるぞ!」と叫ぶ。
建物全体がゆっくりと土台から浮き上がり、宙を飛び始めたのだ。
しばらくは不安定なままあっちに傾きこっちに傾き、斜めの状態になって、片端から陳列棚の中身が滑り落ち、床を転がっていったり。
人々はみんな立っていられず、あちこちの柱に捕まったりしがみついたり、大混乱だ。
「うわっ! 酔う! これ船酔いする!」
リオナが青くなって叫んだ。
「緊急事態発生! 緊急事態発生!」
と場内放送。
「皆さん、緊急事態発生です! 身の安全を確保してください!」
だが、そのうちだんだん安定してきた。
「ふーう。一体何が起こっているの?」
ユマがようやくつかまっていたカウンターの上に身を起こして尋ねた。
床にへたり込んでいた人々も次々と窓へ駆け寄った。
今やラ・フォンテーヌは町の上を飛行船のようにゆうゆうと飛んでいた。
二人もそのうち慣れてきて、窓に鈴なりになった人々といっしょになって空からの眺めを見降ろした。
さっそくスマホで写真を撮ってSNSにアップ。
「気球みたい」
「#空飛ぶラ・フォンテーヌ…と」
「#ただいま遊覧飛行中…と」
「前代未聞ね」
「一気に有名になりそう」
そのうち、また場内放送が入った。
「ただいま市当局が消防局と連携し、ヘリコプターによる救助を策動中です…身の安全を確保し、落ち着いてお待ちください! どうか皆さん、落ち着いて!」
「いやとっくに落ち着いてるってば」
リオナがつぶやいた。
「でもこりゃ当分無理ね」
ユマが肩をすくめた。
「どうせこれから会議でも開くんでしょ…しかもヘリコプターってアナタ、一度に2,3人ずつ救助してたらどんだけかかるのよ」
それからまたしばらくたった。
「いつまで飛んでるのかしら、これ」
田舎町のラ・フォンテーヌはまたたくまにトレンド入り。SNS上には空飛ぶデパートの画像が溢れた。
実に数時間というもの、町の上をうろうろと飛び回った。
やがて数時間してゆっくりと降下していき、しまいにもとの土台の上に収まった。
結局ヘリコプターは来なかった。
このふしぎな事件はトップニュースになったが、誰も何故そんなことが起こったのか説明できなかった。
専門家たちがやってきていろいろ調べたが解明せず。
市当局は念のためラ・フォンテーヌを閉鎖したがったが、店舗側は必死に抵抗し、市民たちも買い物ができなくなると困ると苦情を申し立てた。
今回のことで軽いけがをしたり脳震盪を起こした人はいたものの、幸い、大事になった人は誰もいなかった。
そのため、差し当たって営業は継続されることに。
そんなことはそれからも何度か起きた。
ラ・フォンテーヌはますます有名になって、あちこちから人が来るようになった。
そのうち人々も何となく慣れてきてしまって、「ああ、また飛んでるよ」くらいの感じ。
回を重ねるごとに建物自身も慣れてきたのか、飛び立つときにそこまでひどく揺れることはなくなった。
ただ困るのは、いつ飛ぶのだか、さっぱり予測がつかないところ。
よく行く場所だったから、三度目のときはユマたちもまた来ていて、居合わせるはめになった。
「こうしょっちゅうあると、うっかり買い物にも来れないわね」
「天気予報みたいに<飛行警報>とか、出ないかしら」
休憩所の窓辺に寄りかかってコーラを飲みながら、リオナは憎まれ口をたたいた。
「あたし今日ピアノなんだけどな。4時半にはここを出なきゃいけないのだけど、間に合うかしら」
その日、ラ・フォンテーヌがなかなか地上へ戻らないので、結局ユマはピアノのレッスンに遅刻してしまった。
急いで向かう帰り道、とある小さなホールに差し掛かり、ユマは「ん?」と一瞬立ち止まって、振り返った。
誰かが立て看板を片づけているところだった。
<トマス・ブラウン バイオリン演奏会>とある。
「なんか既視感がある、これ…」
はじめてラ・フォンテーヌが空を飛んだ日の帰りにも、こんな看板を見た気がするのだ。
「この人の演奏会と、あのことと、何か関係があるとしたら?」
まぁ、そんな可能性は低いけれど…と思いつつ、スマホですばやく写真を撮った。
つづく→
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